仏旗 神代山(くましろざん) 安国寺(あんこくじ) [安國禪寺・安国禅寺] 臨済宗南禅寺派  ANKOKUJI ZEN TEMPLE 坐禅 六地蔵塔 除夜の鐘を撞ける 筑後三十三箇所観音霊場第15番札所 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
住所・電話
〒839-0811 福岡県久留米市山川神代1丁目5-21 標高:12.9m MAP GMAP 0942-43-2668
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久留米 安国寺
文化財
木造釈迦如来坐像(県指定文化財)

歴史

伊藤氏メモ天武天皇の御代、白鳳(白雉)2年651、中国の南都東大寺より来朝した萬法唯一大師が萬法寺と号し開山したのが始まりと伝えられている。 この地は古くは武内宿禰の遠孫である神代氏の館があったといわれ、その神代氏が開基となっている。 暦応2年1339、足利尊氏は国家安泰を祈願するために、諸国に安国寺の建立を発願したが、この安国寺もそのときに号を拝し、月庭和尚を開基として後醍醐天皇の冥福を祈るために再建された。(筑後三十三所観音霊場HPより)()

参考:境内の案内板の内容

ひとくちメモ

筑後川の南の田園地帯に伽藍を構えている。境内は木々に囲まれている。 秋10月に初めて参拝したが、寺南の畑にはカササギのカップルが餌をついばんでいた。 境内のお堂脇の六地蔵塔はかなりの年代ものではなかろうか?

寺裏(北西)には「安国寺瓶棺墓群」があるようであるが、作者は見逃してしまった。 次回参拝の折に追記します。

伊藤氏メモ山門は木製の簡素なものであるが、境内は緑が多い。本堂の扁額文字の太さも印象的。木造の鐘楼台にも歴史を感じる。日曜日の朝には座禅会が開かれている。()


写真

  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 山門
    山門 
  • お堂
    お堂 
  • 六地蔵塔
    六地蔵塔 
  • 本堂脇の地蔵像
    本堂脇の地蔵像 
  • 遠景
    遠景 
  • 寺南の畑の中のカササギ
    寺南の畑の中のカササギ 

安国寺甕棺墓群:(山川神代1丁目3番地、安国寺の北西裏)

伊藤氏メモ説明板の要旨を以下に記します。
[この遺跡は、筑後川により開析された自然堤防上に位置している。 発見は、久留米市都市計画事業に伴ったもので、それまで本遺跡の存在は知られていなかった。 遺構は、甕棺墓111基、祭祀土坑17基、土墳墓4基、土坑4基が確認調査によって発見された。遺跡の範囲は東西60m、南北90mと推定。甕棺が埋葬された時期は、弥生時代中期中葉(紀元前1世紀頃)~後期初(1世紀頃)と考えられる。筑後地方における弥生時代の精神文化や生活様式を復元する上で、極めて重要な遺跡であり、国の指定史跡として保存することになった。]

見た目には、草地としか見えません。外周は、低い木の柵で囲まれ、白いマーガレットが咲きほこっていました。()

山門脇の案内板の内容

神代山安国寺は禅宗南禅寺派の末流で寺伝によれば、 足利直義(ただよし)(足利尊氏の弟)によって室町初期の暦応2年1339に創建されたといわれています。

本尊の木造釈迦如来坐像は高さ115cmけやき材の寄木造りです。

胎内の墨書の銘によれば、 京都の仏師慶巌(けいがん)により建長6年1256に造立され、さらに、 (ひざ)内部に乾元元年1302と寛文9年1669に修理したことが書かれています。 (頭部は桧 裳前は栴檀(せんだん)

仏像は蓮華座(れんげざ)に坐り、玉眼、白毫(びゃくごう)水晶入りで、 手は与願印(よがんいん)を示しています。

なだらかな肩の線と動きの多い衣文(いもん)など、 鎌倉初期の中国の宋様式の典型的なものとして、大変珍しい仏像です。

久留米市 平成21年3月31日改訂


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