bukki 木月山 照安寺(しょうあんじ) 浄土真宗本願寺派 ☆☆☆ 底井野往還

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〒807-1303 福岡県鞍手郡鞍手町大字木月1297   標高:6.2m MAP GMAP 0949-42-0661 
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歴史

筑前國続風土記付録』巻之26 鞍手郡 中 木月村の項に下記の記載がみられる。

照安寺(真宗 佛堂6間4面)

松月山(ママ)[1]と號す。西本願寺に属す。 昔ハ海老津村に有り。 其頃ハ禪宗にて須藤行重といふ者開基のてらなりしとぞ。 寛永7年(1630)改宗せり。(此年本山より木佛寺號を免さる。) 承應2年(1653)寺を此村に移せりとなん。

伊藤氏メモその昔、遠賀郡海老津浜で漁師の網に一体の仏像がかかった。人々は小庵を結びこの仏像を安置し尊崇した。これが照安寺の基になったと伝えられている。当初は禅宗であったが、江戸時代初期の須藤正雪住職が深く浄土真宗に帰依し、寛永7年(1630)本願寺12代門主准如上人より[照安寺]の寺号を認可され、本願寺派末寺となった。

その正雪に帰依した木月の豪農安本善右衛門は、承応2年(1653)照安寺の木月移転を願い村人と相談の上、村中すべてが門徒になることで照安寺勧請を果たした。山号も木月山と改めた。 (HP「浄土真宗本願寺派 福岡教区 鞍手組- 照安寺」より)()

ひとくちメモ

門前は底井野往還が通っている。 狭い道幅はほぼ当時のままのようである。 山門は銅葺で重厚な趣がある。山門を出た所に駐車場があり、そこから眺める東側の田園風景はなかなかのものである。

照安寺の南側、県道293号線を跨いだ所に剣神社が鎮座している。

写真

  • 本堂
    本堂 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 全景
    全景 
  • 本堂
    本堂 
  • 山門 - 境内より撮影
    山門 - 境内より撮影 
  • 鐘
    鐘 

剣神社

社殿
社殿 
社殿前の鳥居
社殿前の鳥居 
案内板(左下に「宮司 伊東常足」)
案内板(左下に「宮司 伊東常足」) 
狛犬(台座に「嘉永ニ己酉年(1879)」銘)
狛犬(台座に「嘉永ニ己酉年(1879)」銘) 
猿田彦・庚申塔など(江戸末期銘のものが含まれる)
猿田彦・庚申塔など(江戸末期銘のものが含まれる) 
厳島神社の鳥居 - 剣神社境内
厳島神社の鳥居 - 剣神社境内 
厳島神社の神殿 - 剣神社境内
厳島神社の神殿 - 剣神社境内 
北側の参道(赤丸に照安寺の道標。その後に鳥居がある)
北側の参道(赤丸に照安寺の道標。その後に鳥居がある) 

『筑前國続風土記附録』巻之26 鞍手郡 中 木月村の項に下記の記事がみられる。

八剱大明神社(神殿3間・拝殿2間3間・祭礼9月14日・奉祀藤井伊賀)

産神也。上木月村も此社の敷地なり。 祭る所の神4座、 素盞烏尊・天照大神・日本武尊・宮簀姫也。 社伝に応永年中(1394-1428)初て祭れり。 文明12年(1480)9月大内家の幕下野中勘解由神輿(みこし)を寄附せり。 戸次丹後守鑑連[2]祭田を寄納し、毛利鎮實か臣添田若狭と云者も神田を寄附せりとぞ。

○本社の坤5町[3](ばかり)に松楠数株植り。昔神幸ありし時の頓宮地といふ。 (ほのけ)を浮殿森と云。

○本社の境内に日吉社・貴舟社・少彦名社・厳嶋社・楠の神木あり。

境内には猿田彦・庚申塔など江戸末期銘のものが多数みられる。

案内板の銘に「宮司 伊東常足」とある。江戸後期の国学者の伊東常足と何らかの縁のある方だろう。伊東常足の旧宅はここより2km足らずの西側にある。


脚注

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