仏旗 東光山 医王寺(いおうじ) [醫王禅寺] 曹洞宗  IOUJI ZEN TEMPLE 唐津街道畦町宿 行基 伊藤氏参拝済 粕屋北部新四国八十八箇所霊場第20番札所 粕屋北部新四国八十八箇所霊場第21番札所 粕屋北部新四国八十八箇所霊場第23番札所

  • 遠景
    遠景 
  • 山門兼鐘楼
    山門兼鐘楼 
住所・電話
〒811-3121 福岡県古賀市筵内544 標高:44.2m MAP GMAP 092-942-3910‎
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歴史

境内の説明碑の内容をそのまま記す。

医王寺の由来

当寺院縁起によれば、養老2年718行基菩薩の創立でご本尊は薬師如来、行基の作と 伝えられ、秘仏として17年毎に開帳法要を行い、このときだけ尊像を拝せらる。

本光山と号し瑠璃光院と称したこともあり開基は宗像大領・宗像秋晴でご子息秋足が 十歳に満たずに若死したことを悲しみ菩提のため建立した。

文安2年1445中興開山芳庭融菊和尚が鞍手郡の丹鳳山 瑞石寺より入寺、 この寺を曹洞宗に改め医王寺と称する。

天正2年1574当寺八世緒庵彰序和尚の代に戸次丹後守鑑連公が立花城主となり、当山を 菩提寺とし、後に剃髪得度し道雪と号する。荘即ち中興開基である。

一時は末寺寺院21ヶ寺に及ぶも、立花氏は柳川に転封され、二代忠茂公の代に 黄檗宗(福厳寺)に転宗し、以後余禄にて当山を護持し末寺の荒廃したもの多く現在 五指を屈するのみである。

江戸時代後期、当邑に大火多く、鎮護のため秋葉三尺坊大権現を奉請し当山に祀る 9月18日を祭日として放生会を行う。

山門兼鐘楼は明治31年1898秋に建立された。本堂は大正13年192410月に改築されたが、 昭和28年19536月26日山津波により一瞬のうちに全壊、このとき当山の資料、寺宝など 貴重なものは多数紛失する。昭和33年1958本堂を再建現在に至る。

参考資料:『筑前国続風土記』,『筑前国続風土記拾遺』

ひとくちメモ

医王寺は唐津街道の畔町宿-青柳宿の中間地点に伽藍を構えている。 門前はのどかな田園風景である。県道503号線の北側は春3月下旬は田が一面の菜の花畑となる。これは見ものである。 作者は月に2回ほど医王寺の門前を福岡市から北九州市の実家に帰るときに通る。

伊藤氏メモ行基作という本尊の薬師如来は、本HP歴史欄にあるとおり17年毎の開帳ですが、 昨年2013がその開帳年であったので、次回は2030年になるということです。現第32世。()

写真

  • 本堂
    本堂 
  • 山門兼鐘楼
    山門兼鐘楼 
  • 本堂の甍 - 本堂裏手より撮影
    本堂の甍 - 本堂裏手より撮影 
  • 参道の六地蔵様
    参道の六地蔵様 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 門前の風景-先は菜の花畑
    門前の風景-先は菜の花畑 
  • 参道の石段
    参道の石段 
  • 参道
    参道 
  • 門前の菜の花畑
    門前の菜の花畑 
  • 門前の菜の花畑
    門前の菜の花畑 
  • 門前の菜の花畑
    門前の菜の花畑 


筑前国続風土記』巻之19 糟屋郡 裏

○醫王寺

東光山と號す。 席内村に在。 行基開基の地成しとかや。 中興の開山を芳庭と云。天眞が門弟也。天眞は法を無著に嗣り。

立花道雪帰依の寺にて、今に位牌有り。 道雪所持の長刀、馬鞍も此寺に在。

筑前国続風土記拾遺』巻之42 裏糟屋郡 下 筵内村の項

○醫王寺本編に出たり。

大道の南に在り。 東光山琉(瑠)璃光院と号す。 禅宗洞家鞍手郡金生村瑞石寺に属す。 往昔は行基法師の開基にして古刹也。

中興の開山を芳庭と云。芳庭は豊後國泉福寺に移る。

立花道雪の帰依の寺也。その位牌あり。 位牌の表に當寺開基福厳院殿丹州太守梅岳道雪大居士天正13年9月11日と誌せり。是に丹州太守と有ルは後人の所作にて安置せるなるべし。 交割に銅範あり。銘に一小範一枚寄附于醫王禪寺天正2祀2月日道雪立とあり。 又、袈裟及(くら)橋あり。 道雪寄捨有りし物と云。 昔は(やり)薙刀(なぎなた)等も有しを、 近年柳川公の乞に依て遣はせしと云。

寺内に観音堂あり。 寺前に古墳あり。 曽根仁右衛門、同源兵衛といふ者の墓也と云。 此二人は甲州武田信玄の武将曽根内匠が子也。 仁右衛門は寛文9年6月19日に死す。祖傳一翁と号す。 源兵衛は貞享5年2月5日死す。古月清淳と号す。 本藩の臣、齋藤家記に齋藤仁右衛門良親が妹曽根内匠に嫁すと有。 然れは彼二人は良親が甥なる故に、齋藤家の扶助を受て此地に終れるもの()。又は二人の霊を供養せん為に、(ここ)に假墓を築しにや詳ならず。良親もはじめは甲州の士なり。

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