仏旗 華岳山西蓮院(かがくさんさいれんいん) 長圓寺(ちょうえんじ) [長円寺] 浄土宗鎮西派  TYOUENJI TEMPLE 唐津街道 小倉城址 八坂神社

  • 本堂
    本堂 
  • 石仏群 - 橫より撮影
    石仏群 - 橫より撮影 
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〒803-0821 福岡県北九州市小倉北区鋳物師町4-8 標高:3.6m MAP GMAP 093-561-4755 ホームページ
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歴史

伊藤氏メモ嘉吉元年1441、寂誉霊海上人によって、現在のリバーウォークの場所(元の小倉城二ノ丸)に創建された。 最初は西蓮寺と呼ばれ、のち長圓寺と改めた。 細川忠興が小倉城を築城するとき、長圓寺は竪町(現在、安国寺のある場所)に移転した。その後、安国寺を竪町に移転するため、 忠興の命により長圓寺は現在地の鋳物師町に移された。忠興はこの寺をたびたび訪れたという。特に、鋳物師町の祇園社(現:八坂神社)で神事能を神前に供すとき、西紺屋町口から川舟に乗って板櫃(いたびつ)川を下って長圓寺の裏門から入り、方丈で支度をして祇園社に入ったという。

境内墓地には江戸時代の墓が多く残っている。墓地に入ってすぐの所に、江戸時代後期の剣道の達人・新以心流2世大津山養勇軒の墓、中央付近には外様番頭の原庄右衛門の墓、本堂裏手には八坂神社初代宮司高山孫大夫の墓がある。また、江戸後期の 医師で儒学者の小野区輔の墓があり、墓石の背面には著名な儒学者石川彦岳(げんがく)の碑文が刻まれている。(史跡説明板より)()

門前(寺の北側)の道は唐津街道である。 小倉から戸畑を経由して若松宿に至る道であった。

ひとくちメモ

山門前には多数の石仏群が整然と並んでいる。 向かって右端には大きな弘法大師像が鎮座されている。

門前の長崎街道は、道路拡張の為当時の面影は無い。

写真

  • 全景
    全景 
  • 本堂前面のガラス戸
    本堂前面のガラス戸 
  • 山門の扁額
    山門の扁額 
  • 山門
    山門 
  • 山門 - 境内より撮影
    山門 - 境内より撮影 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 納骨塔(上の尊像は地蔵菩薩と思われる)
    納骨塔(上の尊像は地蔵菩薩と思われる) 
  • 石仏群
    石仏群 
  • 弘法大師像
    弘法大師像 
  • 参道口の「劔道新以心流大津山信重墓」碑
    参道口の「劔道新以心流大津山信重墓」碑 
  • 参道口
    参道口 
  • 門前の長崎街道(左手が長圓寺) - 若松宿に向かって撮影
    門前の長崎街道(左手が長圓寺) - 若松宿に向かって撮影