heritage 則松観音(のりまつかんのん) 浄土宗 ☆☆☆ 中央四国霊場第69番札所

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〒807-0831 福岡県北九州市八幡西区則松6丁目10   標高:12.6m 地図 GMAP
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歴史

観音堂前の案内板の内容を下に記す。

大野勘右衛門の墓石(おおのかんえもんのぼせき)

大野勘右衛門は福岡藩の宰臣井上之房(いのうえゆきふさ)の与力で、則松村を知行地とした。 「自性院吾日三省居士」がその旧墓石であり、「儀閑英忠居士」はその実子勘太夫の旧墓石である。

寛永15年(1638)養子の清佐右門と勘太夫は「島原の乱」に出陣し討死した。 勘右衛門は息子達の菩提をとむらうため小庵を建てたという。 この小庵が後の正願寺である。

勘右衛門は寛永19年9月、86歳の高齢で亡くなった。

三省山正願寺は浄土宗の寺院でかつてこの地にあったが、大正元年に東筑2丁目に移設された。 その後、昭和30年に大野家の墓は正願寺境内に移設されたがその後も残っている勘右衛門と勘太夫の墓石である。

学園都市折尾開発会議

ひとくちメモ

「犬も歩けば棒に当たる。」阿弥陀寺の参拝を終え、周辺をぶらぶら散策していると偶然この場所を発見!この日はついている。

御堂は阿弥陀寺の裏手の丘の上にある。周辺は閑静な住宅地となっている。 御堂は施錠されており、格子戸のガラス越しの参拝となった。 ガラス越しに内部を覗くと、金色の仏像が2体確認できる。

案内板によれば、境内に勘右衛門・勘太夫父子の墓碑があるように記されているが、 正願寺に勘右衛門の墓碑があることは確認済であるので、息子勘太夫の墓も同寺に移転したのかもしれない。

写真

  • 石段
    石段 
  • 境内風景 - 御堂を背にして撮影
    境内風景 - 御堂を背にして撮影 
  • 地蔵堂 - 御堂に向かって左手奥
    地蔵堂 - 御堂に向かって左手奥 
  • 地蔵堂脇の墓石と思しき石 - 御堂に向かって左手奥
    地蔵堂脇の墓石と思しき石 - 御堂に向かって左手奥 
  • 弘法大師と小堂 - 御堂に向かって左手
    弘法大師と小堂 - 御堂に向かって左手  
  • 御堂に向かって左手の風景
    御堂に向かって左手の風景 
  • 門前の風景(閑静な住宅街)
    門前の風景(閑静な住宅街) 
  • 参道口
    参道口 
  • 境内に咲いていたスイセン
    境内に咲いていたスイセン 

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