bukki 龍福山 玉泉寺(ぎょくせんじ) [玉泉禅寺] 曹洞宗 GYOKUSENJI ZEN TEMPLE 坐禅

住所・電話
〒800-0112 福岡県北九州市門司区畑225   標高:65.9m MAP GMAP 093-481-1127 
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歴史

文明年間1469-1487茨城県猿島郡の東昌寺能山聚芸(のうざんしゅげい)が諸国巡錫した折りに創建したと伝わる。 その後、大友氏の兵によって焼かれたが、永正2年1505丸山城[1]大積隆鎮(おおつみたかしげ)の擁護を受けた恕心和尚が再興した。(以上 Links① ・門前の案内板より)

昔は、寺内に5院(東光寺、玉堆軒、東蔵軒、正法院、枕流庵)があるなど隆盛を極めており、近くのバス停・山門[2]は、昔の山門があった所と云われている。このうち、東光寺のみが戦前まで存続していた。玉泉寺の末寺として「門司区の観音寺・薬僊寺・観音堂・護?寺・桃源寺」ママ[3]や小倉北区の安国寺安全寺がある。(以上 Links① より)

境内には大積隆鎮の墓、地元の教育者・友石惕堂(ともいしてきどう)[4]の碑、童話作家阿南哲朗(あなんてつろう)[5]の民謡碑などがある。

当寺出身の玉水(たまみず)俊虠1866-1915は小倉北区の安国寺の住職となり、森鴎外が小倉在任中1899-1902俊虠と何らかの交流があり、鴎外・小倉三部作の内の『二人の友』に登場する人物「安国寺さん」「独身」「寧国寺さん」は俊虠のこと。(以上 門前の案内板より)

和尚が、日本昔ばなし『くぬぎの精といり豆』の主人公となったお寺という。Links② 参照のこと。

寺脇の県道71号線を30mほど登った所には豊前坊下宮が鎮座している。

ひとくちメモ

寺は山の裾野にある。本堂の規模は当地区屈指のものと思われる。 本堂に向って左手奥には真新しい「みちびき母子地蔵尊」が立っている。お地蔵様が赤ん坊を、おんぶしておられる。 珍しいお姿である。

山門は寺の東側にあり、駐車場も完備されている。 また、寺の西側に通用口があり、この先にも参道がある。こちらが旧参道のようだ。

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 山門(左右方向の道は県道71号線)
    山門(左右方向の道は県道71号線) 
  • 境内案内図(門前の案内板より引用)
    境内案内図(門前の案内板より引用) 
  • 境内風景(右手はイチョウの大木の根本) - 本堂を背にして撮影
    境内風景(右手はイチョウの大木の根本) - 本堂を背にして撮影 
  • 大積上総介隆鎮公墓所(永正3年7月15日銘)
    大積上総介隆鎮公墓所(永正3年7月15日銘) 
  • 句碑「こ■■咲く ■手の中に 文殊菩薩の ■■■」 - 本堂正面
    句碑「こ■■咲く ■手の中に 文殊菩薩の ■■■」 - 本堂正面 
  • 阿南哲朗の民謡石碑「企救の高浜 根上り松よ 馬もおかごも ゆるりとな 海辺眺めて ゆるりとな」 - 本堂正面
    阿南哲朗の民謡石碑「企救の高浜 根上り松よ 馬もおかごも ゆるりとな 海辺眺めて ゆるりとな」 - 本堂正面 
  • 三十三観音(中央に地蔵菩薩) - 本堂に向って左手
    三十三観音(中央に地蔵菩薩) - 本堂に向って左手 
  • 三十三観音(中央に地蔵菩薩) - 本堂に向って左手
    三十三観音(中央に地蔵菩薩) - 本堂に向って左手 
  • 三十三観音(一部拡大)- 本堂に向って左手
    三十三観音(一部拡大)- 本堂に向って左手 
  • 遠景
    遠景 
  • 本堂(左手)と納骨堂(と思われる)
    本堂(左手)と納骨堂(と思われる) 
  • みちびき母子地蔵尊 - 本堂に向って左手奥
    みちびき母子地蔵尊 - 本堂に向って左手奥 
  • 木造五重塔 - 本堂に向って左手奥
    木造五重塔 - 本堂に向って左手奥 
  • 木造五重塔(丁寧な造り) - 本堂に向って左手奥
    木造五重塔(丁寧な造り) - 本堂に向って左手奥 
  • 山の尾根の間に垣間見える豊前海 - 駐車場より撮影
    山の尾根の間に垣間見える豊前海 - 駐車場より撮影 
  • 豊前海 - 駐車場より望遠にて撮影
    豊前海 - 駐車場より望遠にて撮影 
  • 石碑「不許葷酒入山門」 - 門前の道の向かいの民家前
    石碑「不許葷酒入山門」 - 門前の道の向かいの民家前 
  • シラン - 本堂正面
    シラン - 本堂正面 
  • シラン(拡大) - 本堂正面
    シラン(拡大) - 本堂正面 

豊前坊下宮

社殿 - 豊前坊下宮
社殿 - 豊前坊下宮 
鳥居(「文化5辰年(1808)」銘) - 豊前坊下宮
鳥居(「文化5辰年(1808)」銘) - 豊前坊下宮 
社殿内 - 豊前坊下宮
社殿内 - 豊前坊下宮 
石段 - 豊前坊下宮
石段 - 豊前坊下宮 

明暦3年1657、江戸の大半を焼失した明暦の大火で江戸屋敷の延焼を逃れた小笠原藩(小倉藩)が、英彦山権現を分霊し祀ったのが始まりと云われている。(Links④ より)

鳥居は文化5辰年1808銘。当下宮の裏山には上宮が鎮座している。

鳥居から社殿までの石段はかなり古いもののようだ。境内全体は手入れは行き届いている。見通しも良好。

旧参道

もう一つの参道(左手に猿田彦大神)
もう一つの参道(左手に猿田彦大神) 
猿田彦大神 - もう一つの参道脇
猿田彦大神 - もう一つの参道脇 
看板 - 県道71号線沿い
看板 - 県道71号線沿い 

旧参道と思われる道は掲示している地図のオレンジ色のラインである。同地図には往時にあった山門の位置と思しき場所も記している。

道幅は1m前後の狭いだらだら坂となっている。

途中には猿田彦大神・イチョウの巨木などが見られる。

寺内にあったといわれる5院はこの道周辺にあったのかも知れない。

脚注

関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)

周辺のスポット(4km以内)

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