仏旗 補陀落山 普門寺(ふもんじ) [普門禅寺] 曹洞宗[未]  FUMONJI ZEN TEMPLE 行基 伊藤氏参拝済

住所・電話
〒803-0851 福岡県北九州市小倉北区木町3-16-3 標高:14.6m MAP GMAP 093-561-7017 
検索
同地区同宗派寺院  4km以内

歴史

伊藤氏メモ以下は、参道口にある案内板などによる。

当寺は、89代後深草天皇1243-1304の勅願所。本尊は、45代聖武天皇701-756の御祈願仏、僧行基の彫刻であり、天皇の信仰厚く宮裡に安置された。後、後深草天皇は北条時頼の剃髪染衣を祝して、宮中所傳の観世音菩薩の霊像を賜わった。

当寺は、鎌倉執権北条時頼の創立に係り南都西大寺末に属した。興正菩薩叡尊を特請し、時頼は自ら開基となった。号を補陀落山普門寺と称した。

天正6年1578大友宗麟の兵火に罹り、当寺の七堂伽藍並びに千院等は廃絶した。その後、寛文5年1665小倉藩主小笠原忠真(おがさわらただざね)は普門寺の旧跡を追慕して一宇を建立し、律を改め禅として、西安寺(木町)の徳峰和尚を拝請して再開祖と為し、地名も千堂と改めた。千堂の地名は、昭和の初め頃千歳町に変わり、さらに木町となった。千歳町の残余部は昭和50年代初め新高田となった。ちなみに当寺の墓地に千堂観音の丘云々と記した無縁の古墓がある。

慶応2年1866の兵火で伽藍は焼失し、複々廃絶に帰した。明治5年1872仮本堂を建立し、明治30年1897寺格を復旧して補陀落山普門寺と号した。 ()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ道路に沿った参道を木立の間を通って上がって行くと本堂域に着く。参道途中には、誓願地蔵堂がある。本堂の右前には茶色の大きな聖観世音菩薩像が立っている。境内部は広くないが、金毘羅大権現社・道引地蔵尊・朱色鳥居などが見られる。()



関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)