篠栗山
一ノ滝寺
真言宗醍醐派
★☆☆
伊藤氏参拝済
篠栗新四国八十八箇所霊場第40番札所
- 住所・電話
- 〒811-2405 福岡県糟屋郡篠栗町篠栗2192-11 標高:195.9m 地図 GMAP 092-947-1224
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歴史
伊藤氏メモ当札所の本尊薬師如来は、愛媛県南宇和郡にある平城山観自在寺から勧請したものである。
40番札所の開基は尼僧(庵主としては3代目)で、現住職の5代前の先祖である。明治25年(1892)に52番札所山手観音堂の横にあった40番札所を現在地に移転、一瀧庵を建立したのが当寺の始まりという。昭和21年(1946)7月の集中豪雨の土砂災害で一瀧庵は本堂・庫裡を半壊。昭和52年(1977)に一ノ滝寺となった。現第4世。(『新 篠栗八十八ケ所霊場めぐり』より)()
ひとくちメモ
境内には一ノ滝川(多々良川の支流)が流れている。水の音が絶えない場所である。 木々に包まれ、夏に参拝すると清涼感たっぷりの場所と思われる。 境内に安置された石仏群の数はものすごい。
ここから国道201号線に向かって下って山手観音堂(52番札所)の向かいに当寺への道標と思しき石塔がある。 記事は当ページの下部に記す。
伊藤氏メモ滝の音と掛けられた風鈴からの音色だけが響く奥合いの静寂の地。廻りには数え切れないほどの石仏。その数500以上という。また、休息用の椅子・テーブルにお茶・お菓子と気遣いも十分。仏法具販売もされている。 『新 篠栗八十八ヶ所霊場めぐり』には、以下のように紹介されている。(2014-05-31)
周辺には大小無数の石仏が点在し、静かな霊地をつくっている。男滝(14m)と女滝(5m)の2本の滝がかかるこの地は昔から山伏の行場があったという。本堂の中央に薬師如来、左右に白衣観音・弘法大師を安置する。 昭和52年(1977)、先代(第3世)住職時代に谷合いの急斜面を造成して階段状の霊園に。最上段中央には白亜の阿弥陀如来が微笑む。今、現住職は、切り立つ谷合いに五百羅漢建立を目指して頑張っておられる。目前で落ちる大小2本の滝は堂の前で合流して一ノ滝川となる。街の喧騒をしばし忘れ、心がリフレッシュできる霊地である。
写真
本堂の扁額 境内風景 滝 馬頭観音(巨大!) - 馬頭観音堂内 境内風景 - 右手が馬頭観音堂 鐘楼 滝上の大日如来 境内風景 - 大日如来を背にして撮影 境内風景 - 滝上より撮影 接待場(上は鐘楼。麦茶とお菓子が置いてありました) 参道の猫ちゃんたち
道標
山手観音堂(52番札所)の向かいに当寺への道標と思しき石塔がある。場所はこちら。
「右 一ノ瀧 八丁河ほとり 高嶋屋」「左 鳴淵呑山経鞍手行 藤■九郎」大正3年(1914)10月銘。
この道標について物好きな作者が推論してみた。お暇な方はご覧ください。
- 「右 一ノ瀧八丁河ほとり」
109.09m×8町=872m。GoogleMapで道標の位置から当寺までは約1000m。 128mの差がある。
この道標ができた頃は寺域がもっと広く、山門がもっと道標に近い所にあったとすれば話が合う。もしくは、篠栗街道が、国道201号線を横切り、多々良川を渡った川の西岸を通っていた。この道標が元は街道沿いにあったと考えれば、誤差が縮まる。
この地から当寺までの参道はずっと「河ほとり」(=川のほとり)である。
従ってこの道標の「右」が指すのは当寺の場所と考える。また当寺ではなく道標の通り、「一ノ瀧」を指しているとも考えられる。
- 「左 鳴淵呑山経鞍手行」
- 「高嶋屋」「藤■九郎」
この道標を設置した地元の商家の屋号と経営者の名と考える。
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