仏旗 遊法山 西林寺(さいりんじ) 浄土宗  SAIRINJI TEMPLE 伊藤氏参拝済

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〒819-1322 福岡県糸島市志摩御床355 標高:8.7m MAP GMAP 092-328-2407 
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歴史

境内の案内板の内容をそのまま記す。

国指定重要文化財木造阿弥陀坐像

この阿弥陀如来坐像は、平安中期天台宗の僧、恵心僧都(源信和尚ともいう) の御作と伝わり、大正3年に国宝、昭和25年に重要文化財に指定された尊像である。

木像は木造漆箔で高さ107.5cmを測り、その姿は大衣を偏袒右肩(へんだんうけん)[1] にまとい、左足を外に結跏趺坐(けっかふざ)[2]し、右手を挙げ左手を差し出してそれぞれ 親指と人差し指を結ぶ阿弥陀の来迎印をあらわしている。

大正時代の修理記録によれば、構造は頭体幹部は正面中央で縦に二材を ()ぎよせ、これを両肩下や膝前に矧ぎ足し、像内は内(えぐ)りを施す寄せ木造りとみられ、 胎内には「恵心作阿弥陀一体云々」の墨書銘がある。

また、坐像の前にある床幣鐡は太宰府観世音寺草創の折本尊とすべく中国より渡された 銅造阿弥陀如来像の台座と伝わる。銅造像は、観世音寺再建の後、天正年間 御笠郡岩屋合戦の際、薩摩兵により刀の鍔として鋳潰されたという。 現在では台座のみが現存し、これにより現在の御床の地名がついたとされる。

こうした観世音寺との対外交渉にまつわる様々な伝承は、御床が玄界灘に面し、 観世音寺の有力な寺領であった船越荘の一部であったことと密接な関わりがある。

平成20年3月 糸島市教育委員会

参考資料:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

西林寺は糸島市船越の漁港にほど近い田園地帯に伽藍を構えている。 重文の阿弥陀如来像は拝むことがかなわなかったのが非常に残念である。 非常事態で境内のトイレを無断で拝借したが、きれいに清掃されていた。感謝。合掌。

伊藤氏メモ大正3年1914国宝、昭和25年1950国指定重要文化財という木造阿弥陀如来坐像は、現在は専用の収蔵堂に安置され外部からは見えません。 が、前もって当寺に連絡をし、 お寺側に支障のあるときでなければ、収蔵堂の鍵を開けてお見せしているとのことです。(飛び込みで伺いましたが、幸いにもお見せいただきました。本像の解説カラーパンフレットもいただきました)本堂内の左右に並ぶ数十体もの小ぶり黄金色の観音仏は、 以前は当寺の子院普門庵(志摩岐志)に安置されていたものとのこと。 現第28世。()

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 薬師堂
    薬師堂 
  • 薬師堂内の薬師如来像
    薬師堂内の薬師如来像 


『筑前國続風土記拾遺』巻之50 志摩郡 下 御床村

山越に在。遊法山と号す。浄土宗鎮西派博多正定寺の末なり。

明應8年1499村民鎌田氏(重鎮)筑後國善導寺17世感誉上人を請して中興とせり。 その先は観世音寺の末寺なりしといふ。西林寺は観世音寺の子院49坊の内に在。 その寺号を移せしにや。 再建の時改宗せしなり。

秘仏の阿弥陀像長さ三尺有。 昔の本尊也と云。

寺内に薬師地蔵同座堂有。

又宗顕塚と云有。昔は古松立り。今枯たり。本編に宗顕塚観世音寺別當墓所とあり。

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