仏旗 万歳山 龍国寺(りゅうこくじ) [龍國禅寺・龍國寺] 曹洞宗★★★  RYUUKOKUJI ZEN TEMPLE 鳴滝 田園風景伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
  • 山門より見える田園風景 - 境内より撮影
    山門より見える田園風景 - 境内より撮影 
住所・電話
〒819-1626 福岡県糸島市二丈波呂474  MAP 092-325-0585
関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)
周辺の寺院
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寺宝

以下は『二丈町誌(平成版)』より引用。

  • 木造阿難尊者立像(福岡県重要文化財)
  • 銅造如来像(新羅時代)
  • マリア観音坐像
  • 足利義満寄進香炉・青銅露座釈迦牟尼仏
  • 古文書類

以下は、伊都国歴史博物館で『糸島平家物語』の展覧会に行き、作者が実際確認した。 写真撮影ができないのが残念である。

  • 平重盛の坐像
  • 原田種直の坐像
  • 原田種直の冠台
  • 平重盛の小袖
  • 原田種直使用硯箱

歴史

龍国寺中の石碑の内容をそのまま記す。 注釈は『二丈町誌(平成版)』第7章宗教 第4節 寺院の項を参考にした。

曹洞宗庁法幢会萬歳山龍國禅寺は建仁3年1202小松内大臣平重盛[1]の菩提の為重盛公を開基とし 高祖城主原田種直[2]公創建の寺なり。 初め小松山極楽寺と号し徹慶智玄大和尚を請じて開山となし天台宗の寺なりしが 至徳元年1384足利将軍義満公伽藍仏像を造立し[3]充祐大和尚を請じて曹洞宗となる。 その後天正2年1574[4]高祖城主原田隆種公は四男親種公菩提の為寺を再興号を萬歳山龍國禅寺と改め 本室智源大和尚[5]を請じて中興開山となし現在に至る。

二丈町誌(平成版)』によれば、本堂天保11年1840、法宝殿享保7年1722、 山門天明8年1788建立という。

伊藤氏メモ『糸島郡誌』によれば、万歳山と号すのは、創建の原田種直の法名が万歳院であることに因み、龍国寺と号すのは、原田隆種公の四男親種公の法諱が龍国寺殿であることに因んだものという。()

参考資料:『筑前続風土記』

ひとくちメモ

龍国寺は糸島の田園の中にひっそりと伽藍を構えている。寺の前の小川のせせらぎ、苔むした石垣・門前の田園風景など素敵である。 作者のお気に入りのお寺である。 四季折々で異なった楽しみ方はあるが、作者は初夏(田植の終わった頃)にお参りするのが好きである。

龍国寺の前の通りに「鳴滝」の道標がある。この道を登って行くと角度がなだらかなきれいな滝がある。

伊藤氏メモ広くはない境内であるが、そこには山水があり、門前の小川のせせらぎや鳥の声も聞こえてくる。寺の周囲の壁の石垣の苔むした風も趣きがある。紅葉もさまになる山裾の古刹である。

本堂左側には、「原田大六先生ここに寂す」と記された石碑がある。考古学会の巨人・原田大六については、西日本シティ銀行:地域社会貢献活動:ふるさと歴史シリーズ「博多に強くなろう」のNo.66で紹介されている。

山門入って右手の畳敷きの地蔵堂は龍国寺文庫と名付けられ、児童書のミニ図書室となっている。()


写真

  • 境内風景 - 正面が山門
    境内風景 - 正面が山門 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂内部
    本堂内部 
  • 境内の釈迦如来
    境内の釈迦如来 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 本堂
    本堂 
  • 本堂の梁の龍の彫り物
    本堂の梁の龍の彫り物 
  • 山門の表札
    山門の表札 
  • 山門より本堂を望む
    山門より本堂を望む 
  • 境内のイヌマキの古木 - 右手は地蔵堂
    境内のイヌマキの古木 - 右手は地蔵堂 
  • 地蔵菩薩像(台座に元禄8年の銘)
    地蔵菩薩像(台座に元禄8年の銘) 
  • 山門前
    山門前 
  • 山門前の苔むした手水
    山門前の苔むした手水 
  • 山門前の田園風景
    山門前の田園風景 
  • 石垣の石仏
    石垣の石仏 
  • 山門前の通り(曼珠沙華の赤い花が美しい)
    山門前の通り(曼珠沙華の赤い花が美しい) 
  • 山門前の通り(ツワブキの黄色の花が美しい)
    山門前の通り(ツワブキの黄色の花が美しい) 
  • 山門前の柿木
    山門前の柿木 
  • 全景
    全景 
  • 全景 - 写真中央が龍国寺
    全景 - 写真中央が龍国寺 
  • 鐘
    鐘 
  • 境内の石碑
    境内の石碑 


『筑前続風土記』巻之二十二 公領

○龍國寺

波呂村に在。原田治郎太夫種直開基の地なり。 種直は平家によしみ深かりし故、始終忠を盡し、節を守りける。

平家亡て後、鎌倉に召寄せ禁獄せられ、十三年の春秋を過ごして後 、免許を蒙りて筑前に下り、漸に家を立てけるが、小松重盛の為に此寺を 建、菩提所とす。今も重盛公の位牌あり。 種直の墓も此地に在。

始は天台宗にて、極楽寺といへり。 開山を徹慶と云。原田了榮此寺を再興して禅宗とし、龍國寺と名を改め、高祖の金龍寺の末寺とす。了榮の墓も此寺に在り。