bukki 東明山 興福寺(こうふくじ) 真言宗大覚寺派 ☆☆☆ 伊藤氏参拝済 糸島西部八十八ヶ所霊場第85番

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〒819-1147 福岡県糸島市香力190   標高:48.1m MAP GMAP 092-322-0039 
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歴史

『筑前 太宰府 戒壇院』(九州歴史資料館)によれば太宰府戒壇院の唯一の末寺で、隠居寺であった。 その後1700年代後半に戒壇院の住持であった等空法忍律師(戒壇院従事期間:明和7年1770~天明2年1782)が住持となったが、彼が興福寺を去ってからは戒壇院との本末関係は解消した。

現在は千如寺大悲王院の傘下に入っている。 興福寺背後の丘にある古墳の上に、戒壇院住持の墓碑が立ち並んでいる。

興福寺山門横に木製の案内板があるが風雪にさらされ判読できない部分が多数ある。 同案内板の書き始めは「由緒創設年紀不詳」とあるが、天和3年1683、 洛面槙尾山上座知鏡恵海律師が中興とのことである。

伊藤氏メモ昭和20年19456月の雷山空襲(福岡大空襲の際、誤認により当時の糸島郡雷山村も被災)の際、 本堂は被災。被災後の本堂を移築し、現在の本堂としている。 楼門は老朽化のため2年前に解体。 現第17世。本堂内、本尊左側の十一面観音立像については堂内に次のような説明書きがある。()

かって太宰府戒壇院と関係が深かった時期に、戒壇院の復興に尽力した運照律師が、当寺に隠居してきて、 知り合いの仏師正慶(照慶)を京都から招き、享保2年1717奈良長谷寺の十一面観音像の姿を模して、 当地の樟材で造像させたものである。

平成18年、九州歴史資料館に展示。 運照と正慶の2人は、ともにこの頃の筑前地方における造像や修復に多く携わっており、彼らのおかげで今に伝わっている仏像は少なくない。

ひとくちメモ

興福寺は筑紫戒壇院の唯一の末寺であり、律宗の寺院であった。現在は筑紫戒壇院との関係はなく、真言宗大覚寺派となり、千如寺大悲王院の傘下に入っている。

興福寺は雷山の山麓の平地部に伽藍を構え、周辺はのどかな田園地帯である。 歴史の項の戒壇院住持の墓石群が興福寺背後の古墳の上にあるとのことであるが、作者はその場所がわからなかった。

尚、住所の「香力」は「こうりき」と読む。

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 境内の石仏群(弘化、文化の銘のものもある)
    境内の石仏群(弘化、文化の銘のものもある) 
  • 本堂左手の首がなくなった菩薩像 - その後は本堂
    本堂左手の首がなくなった菩薩像 - その後は本堂 
  • 門前の通り
    門前の通り 

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