仏旗 浄光寺跡(じょうこうじあと) [王丸様] 真言宗  FORMER JYOUKOUJI TEMPLE ツバキ

  • 全景
    全景 
  • 椿の巨木
    椿の巨木 
住所
〒819-1573 福岡県糸島市王丸 標高:104.1m MAP  
検索
同地区同宗派寺院  4km以内

歴史

境内の案内板(設立者 久留米大学名誉教授 王丸 勇他5名 平成14年4月吉日銘)の内容を下に記す。

王丸氏は嵯峨(さが)源氏にして松浦党中村氏の一族で、文暦1234の春からこの地に住して王丸を姓とした。 文永年間1264-1274には源の(やすし)があり、世々この地の名主耺(みょうしゅしょく)を継ぎ、その開発に力を盡くしている。 戦国時代には大内氏に属し、星山城の城主となり、中務亟種(なかつかさじょうたぐい)の時には豊前の馬岳城(うまがたけじょう)や高祖の高祖城を守って功績をたてたこともある。 三河守(たけし)の時原田氏に属し、天正15年1587豐臣秀吉の島津攻めの時没落し、 子孫はこの地に留まるもの、他に移るものなど四散するに至った。

この地域は昔浄光寺の一角で、発掘された五輪塔の1基に「本照憲然禪定門 応永十六年六月十三日」とあったが、西暦の1409年に当る。 (こわ)れた大きなのは王丸三河守の墓と伝えていた。

この地の人々は王丸様と称して、その霊を慰めるために、毎年8月16日にお紀りをして今日に至っている。

参考:『筑前國続風土記附録』の記事

ひとくちメモ

境内には壊れた墓碑(伝王丸三河守の墓)、五輪塔1基、小さな墓碑5基がある。 椿の古木2株もある。道路側のものはかなりの年代物である。

門前はのどかな田園地帯。福岡・佐賀県境の山々が間近に見える。


写真

  • 「王丸氏発祥の地」の石碑(昭和56年8月 王丸勇建立銘)
    「王丸氏発祥の地」の石碑(昭和56年8月 王丸勇建立銘) 
  • 伝王丸三河守の墓
    伝王丸三河守の墓 
  • 伝王丸三河守の墓後ろの椿の木
    伝王丸三河守の墓後ろの椿の木 
  • 墓碑
    墓碑 
  • 墓碑
    墓碑 
  • 五輪塔
    五輪塔 
  • 門前の県道56号線 - 境内を背にして撮影
    門前の県道56号線 - 境内を背にして撮影 
  • 遠景
    遠景 
  • 門前の県道56号線(左端に可也山が見える) - 境内より北西に向って撮影
    門前の県道56号線(左端に可也山が見える) - 境内より北西に向って撮影 
  • 門前の県道56号線(福岡・佐賀県境の山々が見える) - 境内より南東に向って撮影
    門前の県道56号線(福岡・佐賀県境の山々が見える) - 境内より南東に向って撮影 


『筑前國続風土記附録』巻之41 怡土郡 上 王丸村の項

観音堂シヤウカウジ 薬師同座

真言宗の寺ありし跡といふ。 里人は王丸中務といふ者の菩提寺なりしと云。 観音堂の東南に五輪の塔あり。中務か墓と云。 本照憲然禪定門■永16年6月13日とあり。応永16年ならんか