bukki 行蔵院(ぎょうぞういん) 仏教礼拝所 ☆☆☆ 行基 高祖神社 伊藤氏参拝済 糸島東部八十八ヶ所霊場第1番

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〒819-1571 福岡県糸島市高祖1499   標高:49m 地図 GMAP
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歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之46 怡土郡 上 高祖村の項に下記の記載がみられる。

薬師堂(并)観音堂

本村にあり。霊源公[1]建立し給へり。 (薬師の像は行基の作。観音像は公の側室圓性院禪尼の守佛なりしといふ。)

堂守行蔵院は當山派の修験なり。

当山派修験三宝院末で、 博多大乗寺に所属。 開山は肥前松浦出身の金剛院曜伴。建久8年(1197)高祖宮司坊となり、日照り、雨除風除の祈祷を担当した。(Links① より)

ひとくちメモ

行蔵院は高祖神社への参道の坂道の途中の民家脇にひっそりと建っている。 正面に薬師堂、向って左側に観音堂がある。

薬師堂の薬師仏はかなりの古仏である。『拾遺』の編者種信の見たものと同じものではなかろうか? 長年の風雪でかなり痛んでいる。

伊藤氏メモ扁額には、[糸島東部八十八ヶ所 第一番高祖行蔵院 本尊薬師如来]の記載あり。 また、堂内掲示には昭和59年改修とあり。 院前の高祖神社参道始点あたり(県道56号線から入ってすぐ)には、 怡土城跡についての解説板や大きな石碑、また続日本紀 抄の石碑と傍らには大きな藤の樹木(棚ではなく)など見るべきものも多くありました。()

写真

  • 霊場額「糸島東部八十八ヶ所 第一番高祖行蔵院 本尊薬師如来」
    霊場額「糸島東部八十八ヶ所 第一番高祖行蔵院 本尊薬師如来」 
  • 観音堂
    観音堂 
  • 弘法大師石像 - 薬師堂内
    弘法大師石像 - 薬師堂内 
  • 鏡 - 薬師堂内
    鏡 - 薬師堂内 
  • 観音像 - 観音堂内
    観音像 - 観音堂内 
  • 右手の手水鉢(「明治三十九年 當院隆□□ □ □傅六」)
    右手の手水鉢(「明治三十九年 當院隆□□ □ □傅六」) 
  • 右手の手水鉢(扇型)
    右手の手水鉢(扇型) 
  • 左手の手水鉢(扇型)
    左手の手水鉢(扇型) 
  • 境内風景 - 薬師堂を背にして撮影
    境内風景 - 薬師堂を背にして撮影 

高祖神社(高祖宮)

拝殿前の石垣
拝殿前の石垣 
拝殿
拝殿 
神殿の屋根下の装飾
神殿の屋根下の装飾 
行蔵院参道口(向って左手の石碑の手前を左い入る。前後方向の道は高祖神社の参道)
行蔵院参道口(向って左手の石碑の手前を左い入る。前後方向の道は高祖神社の参道) 
金龍寺・高祖神社図 - 『筑前國続風土記附録』より引用
金龍寺・高祖神社図 - 『筑前國続風土記附録』より引用 

『筑前名所図会』

『筑前國続風土記附録』巻之41 怡土郡 上 高祖の項に下記の記事がある。

高祖神社(神殿3間・社拝殿方3間・祭礼9月26日・石鳥居1基・奉祀 上原安芸)

村の東高祖山の西の麓にあり。 怡土郡の宗廟なり。神殿ハ乾[2]に向へり。 祭る所彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)玉依姫命(たまよりひめのみこと)・神宮皇后。

天文10年(1541)原田弾正隆種新たに神社を造立せり。今の社殿是也。 寛文2年(1663)光之公[3]補修し給へり。 石鳥居ハ元禄6年(1695)の夏綱政公[4]造建し給ふ。

社内に受敬神社有。神池本社の左右にあり。 左にあるを陽池(水面径3間)といひ、右にあるを陰池(水面径2間)といふ。 炎旱にも涸渇せすといへり。 陽池の中嶋に宗像三女神を祭れり。

神木といふ楠(周り1丈5尺余。ナカノトリイといふ所にあり。今の鳥居より40間下)あり。 昔中の鳥居建りし所也とそ。

又神社に向へる右にエゲの馬場・桟敷なといふあり。 いにしへ高祖宮、三雲村の頓宮へ神幸の時、随従の輩此所より馬に乗れりといふ。

鳥居と拝殿前の石段との間に流鏑馬馬場・相撲場あり。 大鳥居口(大なる礎石あり。)といふ所あり。 ヲゝシモといふ所に古宮址あり。(礎石今に存せり。)


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脚注