仏旗 和光山寂定院(わこうざんじゃくじょういん) 明正寺(みょうしょうじ) 浄土真宗本願寺派  MYOUSYOUJI TEMPLE 長崎街道 伊藤氏参拝済

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  • 飯塚村御茶屋図(左手より明正寺、太養院、真福寺が描かれている。) - 『筑前國続風土記附録』挿絵
    飯塚村御茶屋図(左手より明正寺、太養院、真福寺が描かれている。) - 『筑前國続風土記附録』挿絵 
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〒820-0042 福岡県飯塚市本町20-9 標高:18.3m MAP GMAP 0948-22-1591 ホームページ
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歴史

上のホームページによれば、明正寺北隣に大名の本陣があったため、明正寺の前は勢屯り(せいだまり)であったという。 また、過去帳に長崎から長崎街道を登り江戸幕府へ献上された象が通ったことが記されているため「象の寺」とも呼ばれているという。

参考資料:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

山門・本堂・鐘楼共どっしりとした構えである。 境内には立派な屋根のついたテーブル・椅子がある。 参拝者にはやさしい心配りである。

拾遺』に記載されている輪蔵は確認できなかった。

伊藤氏メモ1600年頃の創建。現第21世。 よく見ると、山門の上部内側には、本堂側に「通」の文字が、門前側に「圓」の文字が記されているのが分かる。 これは、[どなたでもお入りください。]の意であるとの由。 門前には[勢屯り跡]の碑がある。和光幼稚園を併設。()


写真

  • 本堂
    本堂 
  • 山門
    山門 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • ベンチ・テーブル
    ベンチ・テーブル 
  • 山門-境内から撮影
    山門-境内から撮影 
  • 梵鐘
    梵鐘 


筑前国続風土記拾遺』巻之27 穂波郡 上 飯塚村の項

明正寺

本村に在。真宗西本願寺末也。 寺説に曰。開基の僧を了鎮といふ。 其祖先は越前に住し瓜生氏也。 一時赤間関に移り氏を改て伊藤左衛門尉義直と称す。 いく程なく筑前に来り此村に居り真宗に帰依す。 本願寺實如上人より名号を授かり、法體して了鎮と号し草庵を結ひて佛像を安置す。

夫より4世善明迄ハ東派に属す。 慶長9年1604故有て西派と成。

此時準如上人より興雲公に報せし書翰2通、及岩崎平兵衛添簡1通あり。寺に蔵む。 又高樹公の時賜はりし馬具を持傅ふ。 寺内に輪蔵鐘楼あり。 東郡の好寺なり。 檀那當郡及び嘉麻 穂波 鞍手3郡にて800件計あり。

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