仏旗 大分廃寺(だいぶはいじ) 不詳  FORMER DAIBU TEMPLE 伊藤氏参拝済

  • 芯柱の礎石(写真中央)
    芯柱の礎石(写真中央) 
住所
〒820-0712 福岡県飯塚市大分717 標高:52.1m MAP GMAP  
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歴史

境内の案内板の内容をそのまま記載する。(段落・西暦年号は作者が付加した)

国指定史跡大分廃寺塔跡

大分廃寺塔跡は、当地域で唯一の古代寺院の塔跡です。

塔跡は、保存状態が大変良く、 塔の中心柱を支えた芯礎(しんそ)を中心に17個の礎石がほぼ創建当時のまま良好な状態で残っています。 芯礎は大変丁寧に作られており二条の排水口が見られます。 また、芯礎側面に見られる線刻(せんこく)は伽藍造営の基準線と密接に関連するものとみられます。

現在までの発掘調査の結果などにより、 寺域を区画すると思われる溝と柵列(さくれつ)を検出し、 その寺域は南北94m・東西102m、 大分廃寺の建立は8世紀初頭(今から1300年前)と推定されます。 また、心礎柱座(しんそはしらざ)の直径から計算すると、30mを超える三重の塔であったと考えられます。 出土する古瓦は、新羅系(しらぎけい)と呼ばれる華麗な瓦であり、 当時太宰府から豊前への官道の中継地点として、 文化交流が盛んだったことがわかります。 現在では塔跡以外は見ることができませんが、 当時は七堂伽藍(しちどうがらん)と言って塔・金堂(こんどう)講堂(こうどう)などがそろった立派な寺院であり、 その伽藍配置は金堂を左に、塔を右に配する、法起寺式(ほうきじしき)と推定されます。

飯塚市教育委員会

参考:『筑前國続風土記』、『筑前國続風土記拾遺

ひとくちメモ

大分廃寺は、田園地帯の中にある住宅の庭先にある。 その東側にはJR篠栗線が走り。その先は山である。 緑豊かな場所である。

上の案内板でも記述されているが、芯柱の礎石は極めて精巧にできている。 当時の石工の技術の高さに驚く。

大分廃寺は、民家の庭先にある。 見学の時は一言断ったほうが良い。 作者も農作業をされていたそこのご主人と思しき方にお願いしたら、 快くOKしていただいた。

益軒が『筑前國続風土記』で「凡大分村は町ながく、里廣く、やどころふかくしづかにして、 其景色物ふりたり。 境内のやまのたゝずまひ、林の木だちいとおもしろく、云々」と述べているように、 昔懐かしいたたずまいを残している場所である。

伊藤氏メモ10m四方ほどの狭い廃寺塔跡ですが、歴史の凝縮が感じられ、しばらく佇んでしまいました。()


写真

  • 石碑と宝篋印塔
    石碑と宝篋印塔 
  • 宝篋印塔
    宝篋印塔 
  • 全景
    全景 
  • 寺跡の北方を走るJR篠栗線の列車
    寺跡の北方を走るJR篠栗線の列車 

『筑前國続風土記』巻之12 穂波郡 大分八幡宮の項

(前略)八幡宮より7-8町東の田の中に輪蔵の跡あり。 大石を切て柱をすへたる址あり。(後略)

『筑前國続風土記拾遺』巻之27 穂波郡 上 大分村の項

○本編に見えたる輪蔵の址村の東北に在。 字を塔所といふ。 礎石はなほ布置してあり。 心柱の石に圓穴径2尺5寸深2寸5分を穿てあり。 其他の礎石は皆穏起なり。