仏旗 吉塚地蔵大菩薩(よしづかじぞうだいぼさつ) 不詳  YOSHIDUKA-JIZOU-DAIBOSATSU 伊藤氏参拝済

  • 地蔵堂
    地蔵堂 
  • 地蔵堂前の歩道
    地蔵堂前の歩道 
住所
〒812-0041 福岡県福岡市博多区吉塚1丁目16-11 標高:5.7m MAP GMAP  
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歴史

筑前戦国騒乱』及び地蔵堂内に掲示されている由来記によれば、 天正14年15687月島津勢力が九州平定を目指し岩屋城宝満城を落とし8月立花城を囲む。 この時筑後八女の武将星野吉実(よしざね)吉兼(よしかね)兄弟は300名余りを引き連れて出陣。 島津勢の命により高鳥居城[1]に入城。立花城と対峙していた。

秀吉の命を受けた毛利軍の豊前到着を知った島津勢は8月24日急遽立花城の囲いを解いて本国に撤退。 星野兄弟は島津勢撤退の後詰としてわずか300余の兵力で高鳥居城を守るように命じられる。 翌8月25日。立花統虎は毛利の援軍とともに高鳥居城に攻め寄せた。 守る300余名の星野勢は必死の防戦するも、島津勢からの援軍もなく孤立し全滅・火をかけられ落城。 戦後、統虎は島津から置き去りにされた不運な星野兄弟の首を丁重にあつかい。現在の吉塚地蔵尊のあるこの地に葬った。

はじめは「吉実塚」と呼ばれていたが、それがいつしか「吉塚」となり現在の地名となっているといわれる。 元禄1687-1704の頃、妙蔵尼という尼僧がここに地蔵堂を建て星野兄弟の霊を慰めていたという。 明治26年には追悼記念碑が建てられた。

平成8年4月には高鳥居城跡に、星野一族戦歿410年にあたり、出身地八女市星野村から運ばれた自然石で記念碑が建てられたという。 八女市星野村の大円禅寺の住職も博多に来られた時には吉塚地蔵大菩薩にお参りしていることをご本人から伺ったことがある。 今でも星野村とこの地は交流があるのではなかろうか?

ひとくちメモ

福岡県道607号線は博多区から篠栗に至る道である。 この道はこのあたりでは「吉塚通り」と呼ばれる。 篠栗の先八木山峠を越える運送用のトラックが轟音をあげて通る道でもある。 その通り沿いの吉塚商店街の入口にひっそりと吉塚地蔵大菩薩はある。 境内は線香の香りが絶えず、お参りの人も少なくない。 そのすぐ西側には秋葉社が鎮座している。

久しぶりに吉塚商店街を覗いてみたが、日曜昼間であるにもかかわらずシャッターが降ろされている 店舗が目立つ。寂しい限りである。(記)

写真

  • 地蔵堂
    地蔵堂 
  • 地蔵堂内の荘厳
    地蔵堂内の荘厳 
  • 扁額 - 地蔵堂内
    扁額 - 地蔵堂内 
  • ま新しい絵馬の数々 - 地蔵堂内
    ま新しい絵馬の数々 - 地蔵堂内 
  • 庚申塔(享保10年銘)
    庚申塔(享保10年銘) 
  • 吉塚碑
    吉塚碑 
  • 吉塚商店街入口
    吉塚商店街入口 
  • 吉塚商店街
    吉塚商店街 
  • 秋葉社 - 地蔵堂の北側
    秋葉社 - 地蔵堂の北側