仏旗 薬師如来堂(やくしにょらいどう) [最勝院跡] 不詳  YAKUSHINYORAI-DOU TEMPLE 橋本八幡宮 イヌマキ伊藤氏参拝済

  • 表札碑
    表札碑 
  • 「裏手の黒田光之誕生の地」の石碑
    「裏手の黒田光之誕生の地」の石碑 
住所
〒819-0031 福岡県福岡市西区橋本1丁目3-18 標高:5.2m MAP  
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歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之43 早良郡 上 橋本村の項に下記の記事がみられるのみで詳しい歴史は不詳。

薬師堂馬場前最照院址

この地は、寛永5年1628に黒田藩3代藩主光之が誕生した地である。 母は橋本の生まれの本姓坪阪氏、母方の性を用いて新見を名乗ったという。 その後、彼女は父2代藩主忠之の夫人(養照院)となる。

この地より300mほど南側にある橋本八幡宮の北側の鳥居前には赤い鳥居の稲荷大明神が鎮座しており、 その脇のクスノキの大木の根本に「黒田52萬石三代當主 光之公誕生のヨナ埋接之地」の石碑がある (下写真参照)。 ヨナとは、「胞衣(えな)」と書き胎盤のこと。

筑前國続風土記附録』巻之40 早良郡 下 橋本村の項に下記の記事がみられる。

○村中に馬場の前といふ所あり。 光之公の誕生し給ふ地なり。

参考資料:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

薬師堂は現橋本公民館の境内にある。 堂内は左右2室に別れており、左側に薬師如来像と思われる立像がある。 像長90cmくらいか? 肝心の薬壺(やっこ)を持つ左手がなくなっており、それが薬師如来かどうかは確認できない。 右手には弘法大師像と思しき坐像がある。 両者ともかなりの年代を経たもののようである。 境内にはイヌマキ・クスの大木がみられる。

薬師堂の裏手には「黒田光之公(三代當主)の誕生し給ふ地なり」の石碑がある。 石碑の裏手にはかなりの年代を経たと思われる墓碑が10ほどみられる。 このすぐ南側には深江庵がある。

ここと橋本八幡宮の間はかなり古い町並みがみられる。 橋本八幡宮境内には、イヌマキ・クスの幹まわり4m級の大木が多数みられる。 特に多数のイヌマキは圧巻である。 薬師如来堂お詣りのあとここへのお詣りもされてはいかがか? (下写真参照)

伊藤氏メモ[3代黒田光之公誕生の地の碑]がありますが、なぜ、この地で誕生したのか?との疑問は、 近所の方のお話によって解決しました。 当時この地には黒田の殿様の御成り所(休憩所)があり、2代目忠之公がここを通りかかったときに、 その忠之公にある気の強い若い女性が稲の苗を投げつけたとのこと。この女性はたいそうな美人であり、 忠之公はその女性を気に入り、この地に側室として置き、その後ここで光之公が生まれたものとのことでした。

なお、この女性は2代忠之公の夫人(養照院)となったが、以前は母方の姓の新見を名乗っていたという(当HP歴史欄)。 その弟は新見太郎兵衛という武士であったが、1637年の島原の乱にて討ち死。 遺言により平尾にある光専寺に葬られている。 また、忠之公が絵師に描かせた新見太郎兵衛の絵像も寺宝として残されている(福岡寺院探訪より)。()

写真

  • 薬師堂
    薬師堂 
  • 薬師如来立像と思われる木仏
    薬師如来立像と思われる木仏 
  • 弘法大師像と思われる木像
    弘法大師像と思われる木像 
  • 「裏手の黒田光之誕生の地」の石碑後の古い墓標
    「裏手の黒田光之誕生の地」の石碑後の古い墓標 
  • 裏手の田園風景
    裏手の田園風景 
  • 公民館前の石灯籠の屋根部
    公民館前の石灯籠の屋根部 
  • 橋本公民館前のイヌマキの木々
    橋本公民館前のイヌマキの木々 
  • 橋本公民館前
    橋本公民館前 
  • 薬師堂への参道口(地蔵堂が鎮座)
    薬師堂への参道口(地蔵堂が鎮座) 

稲荷大明神の写真

  • 左手の赤い鳥居の所が稲荷大明神(右手が須賀神社)
    左手の赤い鳥居の所が稲荷大明神(右手が須賀神社) 
  • 黒田52萬石三代當主 光之公誕生のヨナ埋接之地」の石碑
    黒田52萬石三代當主 光之公誕生のヨナ埋接之地」の石碑 

橋本八幡宮の写真

  • 本殿
    本殿 
  • 表参道
    表参道 
  • 本殿裏手の阿弥陀如来の祠
    本殿裏手の阿弥陀如来の祠 
  • 「きずな」(クスノキとイヌマキが上で合体)
    「きずな」(クスノキとイヌマキが上で合体) 
  • 御神木 男マキ(幹まわり3.43m,樹高20m,樹齢400年-500年)
    御神木 男マキ(幹まわり3.43m,樹高20m,樹齢400年-500年) 
  • 御神木 女マキ(幹まわり3m,樹高20m,樹齢400年-500年)
    御神木 女マキ(幹まわり3m,樹高20m,樹齢400年-500年) 
  • 「きずな」
    「きずな」 
  • 幹まわり4.1mのクスノキ
    幹まわり4.1mのクスノキ 
  • イヌマキ
    イヌマキ 
  • イヌマキ
    イヌマキ 
  • イヌマキ
    イヌマキ 
  • 表参道口前の室見川
    表参道口前の室見川 
  • 室見川沿いの遊歩道-桜並木
    室見川沿いの遊歩道-桜並木 
  • 福島県三春滝桜の子木-八幡宮西側
    福島県三春滝桜の子木-八幡宮西側 


筑前國続風土記拾遺』巻之43 早良郡 上 橋本村の項

八幡宮

村南松林の中に在。所祭應神天皇 神功皇后 玉依姫命ないり。 里老相傅ふるは、文明148214年5月柴田内蔵助重信といふ者此社を建立す。 本編紅葉宮條下には鎮座の時代詳ならすと有。 寛永5年江龍公此村にて誕生し給ふ。公の産室の址ハ社の西隣にあり。上田三畝永年土貢を除けらる。 里人今傍に稲荷の小祠を建、さて柴田か宅址に在。 寛永19年1642高樹公[1]本社再興し、 側に護摩堂を立て始て真言宗の僧を置る。 是社僧の始なり。 寛文6年江龍公の命もて紅葉松原に社祠を新修し迁座し給ふ。 是によりて里民其遺址に今の社を建立して遥拝所と号す。 社内に松川原大明神印錀同殿此社むかしハ河東にありしを後年こヽに移す。有。