仏旗 薬王密寺 東光院跡(とうこういんあと) 真言宗  FORMER TOUKOUIN TEMPLE 伝教七薬師第4番 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
住所
〒812-0041 福岡県福岡市博多区吉塚3丁目20-37 標高:5.9m MAP GMAP  
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歴史

境内の案内板の内容をそのまま記す。

寺伝によれば、大同元年806に、最澄(さいちょう)(伝教大師)の開山とされ、 天台の道場であった。 正保4年16472代藩主黒田忠之(くろだただゆき)が、 福岡城近くの密寺東光院と合併し、 宗旨を真言宗に改め、薬王密寺東光院(やくおうみつじとうこういん)とした。 現在、これらの保存、活用を図るべく、史跡に指定されたものである。 本院には本尊薬師如来立像のほか、重要文化財として指定された仏像25体と、 県指定文化財の絵画12点が所蔵されていたがこれらの物件が福岡市に寄贈され、 福岡市美術館に展示されている。

参考:『筑前國続風土記拾遺』、仏像の写真

ひとくちメモ

2009-10-12に福岡市美術館の東光院仏教美術室(常設展示場内)に立ち寄った。 重要文化財の薬師如来立像、金剛力士像2対他多数がガラス越ではなくじかに観る事ができる。 展示されている仏像は保存状態が非常に良い。 金剛力士像(木造)は迫力満点。

写真

  • 山門の扁額
    山門の扁額 
  • 山門
    山門 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 本堂
    本堂 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 山門-境内より撮影
    山門-境内より撮影 
  • 境内風景-安永4年(1775)の銘
    境内風景-安永4年(1775)の銘 

仏像

2016年8月、福岡市美術館の常設展示場の写真撮影がOKとの話を聞き、撮影に行ってきました。 仏像とは2度めのご対面です。宝の山です。 (当仏像群は東光院跡より福岡市に寄贈されたものです。)

  • 薬師如来立像/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:198cm(重要文化財)
    薬師如来立像/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:198cm(重要文化財) 
  • 薬師如来坐像/平安時代後期/桧材/寄木造/像高86cm(重要文化財)
    薬師如来坐像/平安時代後期/桧材/寄木造/像高86cm(重要文化財) 
  • 薬師如来坐像
    薬師如来坐像 
  • 日光菩薩立像/鎌倉時代/桧材/寄木造/漆箔/像高63.7cm(重要文化財)
    日光菩薩立像/鎌倉時代/桧材/寄木造/漆箔/像高63.7cm(重要文化財) 
  • 金剛力士像(吽形)/南北朝時代/桧材/像高:208.1cm
    金剛力士像(吽形)/南北朝時代/桧材/像高:208.1cm 
  • 金剛力士像(阿形)/宗栄(生没年不詳)/南北朝時代/桧材/像高:209.8cm
    金剛力士像(阿形)/宗栄(生没年不詳)/南北朝時代/桧材/像高:209.8cm 
  • ①十二神将(下に解説あり)
    ①十二神将(下に解説あり) 
  • ②十二神将(下に解説あり)
    ②十二神将(下に解説あり) 
  • ③十二神将(下に解説あり)
    ③十二神将(下に解説あり) 
  • 阿弥陀如来立像/鎌倉時代/桧材/寄木造/像高97.8cm(重要文化財)
    阿弥陀如来立像/鎌倉時代/桧材/寄木造/像高97.8cm(重要文化財) 
  • 展示場の風景
    展示場の風景 

写真解説

十二神将:左から: 毘羯羅大将(びからたいしょう)(()神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:70.6cm(重要文化財)、 招杜羅大将(しょうとらたいしょう)((うし)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:70.4cm(重要文化財) 真達羅大将(しんだらたいしょう)((とら)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:72.5cm(重要文化財) 摩虎羅大将(まこらたいしょう)(()神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:73.3cm(重要文化財) 波夷羅大将(はいらたいしょう)((たつ)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:73.3cm(重要文化財) 因達羅大将(いんだらたいしょう)(()神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:71.8cm(重要文化財)

十二神将:左から: 珊底羅大将(さんてらたいしょう)((うま)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:71.6cm(重要文化財) 頞儞羅大将(あにらたいしょう)((ひつじ)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:71.5cm(重要文化財) 安底羅大将(あんていらたいしょう)((さる)神)/佐田亦四郎桜?-1713/江戸時代 寛文7年1667/桧材/寄木造/像高:73.8cm 迷企羅大将(めきらたいしょう)((とり)神)/佐田亦四郎桜?-1713/江戸時代 寛文7年1667/桧材/寄木造/像高:71.3cm 伐折羅大将(ばさらたいしょう)((いぬ)神)/平安時代後期/桧材/寄木造/像高:69.5cm(重要文化財) 宮毘羅大将(くびらたいしょう)(()神)/佐田亦四郎桜?-1713/江戸時代 寛文7年1667/桧材/寄木造/像高:72.7cm

十二神将:左:十二神将 安底羅大将(申神)/南北朝時代/桧材/寄木造/彫眼/像高:102cm、右:十二神将 迷企羅大将(酉神)/南北朝時代/桧材/寄木造/彫眼/像高:105.5cm(共に重要文化財)


筑前國続風土記拾遺』巻之10 那珂郡 元 堅粕村の項

藥王寺

堅粕山東光院と云。 真言宗京都仁和寺の末寺なり。 本尊ハ藥師如来傅教大師の作にて平城天皇の大同元年806の開基といふ。 是温泉有り時湯守神の本地佛なるへし。

はしめハ天台宗なりう。中比より禪僧住せり。 正保元年1645高樹公[1]再造し給ひ同4年に真言宗に改め ■[2]俊といふ僧を中興開山とし給ひ寺領20石寄附し給へり。

寺内にニ王門 鐘堂 荒神堂 大師堂あり。 池中に辨天堂又五重石塔一基あり。

この寺の鐘とて今福岡圓應寺の鐘堂に(かかり)たり。 其銘。「大日本國西海路筑前堅糟村本堂藥王院再鋳洪鐘銘白。(中略)旹應永20年巳,14134月16日敬白。」(後略)

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