bukki 田島観音堂(たしまかんのんどう) 仏教礼拝所 ☆☆☆ 享保の大飢饉 田島八幡神社

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〒814-0113 福岡県福岡市城南区田島1丁目16-12   標高:6.1m 地図 GMAP
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歴史

境内の案内板の内容を下に記す。

地蔵尊の由来(-早良郡志より-)

観音堂、十三佛は享保17年(起元2392年(西暦1732年))大飢饉により農作物は凶作で全滅状態でした。 又疫病が流行して地域住民の多数の命を失いました。 村では食事の炊き出しをしたりしました。 餓死者もたくさんでました。 付近の人達は供養する為、観音堂(観世音菩薩)と十三仏を建立し奉っています。

身体のよわい方がお参りして元氣になられた方などおられます。

平成17年(2005)福岡県西方沖地震で建物が倒壊しましたので、建替えで新しくなりました。 御浄財に協力頂きました皆様のお陰です。

毎月4日、14日、24日には近所の人は花の取り替え清掃等をしています。

平成18年(2006)7月吉日

Links①(1990)p74に「地蔵堂 福岡市大字打島出口720番地にあり、昭和19年(1944)正覚寺の境外堂宇となる」と写真を添えた記事がみられる。 現在もその関係が継続しているかどうかは分からない。

ひとくちメモ

御堂内にには、中央に聖観世音菩薩(平成13年(2001)の札が添えられている)・左右に釈迦如来地蔵菩薩(台座に大正6年(1917)3月銘)が祀られている。 十三仏堂もみられる。

境内にはヒノキ(?)・桜の大木がみられる。 南側には田島八幡神社が鎮座している。

写真

  • 聖観世音菩薩 - 祭壇中央
    聖観世音菩薩 - 祭壇中央 
  • 釋迦如来 - 祭壇に向かって左手
    釋迦如来 - 祭壇に向かって左手 
  • 地蔵菩薩釋迦如来(大正6年(1917)3月銘) - 祭壇に向かって右手
    地蔵菩薩釋迦如来(大正6年(1917)3月銘) - 祭壇に向かって右手 
  • 十三仏
    十三仏 
  • 境内のヒノキと桜(満開)
    境内のヒノキと桜(満開) 

田島八幡神社

社殿
社殿 
鳥居
鳥居 
北側の参道口
北側の参道口 
ご神木(イチョウ) - 社殿に向かって右手奥
ご神木(イチョウ) - 社殿に向かって右手奥 
ご神木(イチョウ)の根本(半分以上が空洞となっている。養生中。)
ご神木(イチョウ)の根本(半分以上が空洞となっている。養生中。) 
石塔群(右端の五重塔は貞享五年戊辰(1688)銘) - 社殿に向かって左手
石塔群(右端の五重塔は貞享五年戊辰(1688)銘) - 社殿に向かって左手 
クスの大木
クスの大木 
『筑前國続風土記附録』巻之38早良郡上 有泉亭図
『筑前國続風土記附録』巻之38早良郡上 有泉亭図 

祭神は応神天皇。 創立年は定かではない。元は落合(現友泉亭)に鎮座していた。 文亀3年(1503)当地に移転してきた。

当社では田島神楽が7月第2日曜日に境内で行われている。 田島の東南隅に薦ケ淵(こもがふち)という樋井川の深い淵があり、旱魃にならないよう毎年人身御供(ひとみごくう)を捧げていたが、それに代えて神楽を奉納することになったと伝わる。

福岡市に残る唯一の筑前社家神楽として福岡市の無形民俗文化財となっている。(以上 境内の案内板より)

ご神木(イチョウの巨木)は根本は半分以上空洞になっている。現在養生中。 社殿前にはクスの大木がある。根本が数本枝分かれした珍しいもの。 作者が参拝した平日午前、お参りの方を10人ほど目撃。かなりのご利益があると思われる。

『筑前國続風土記附録』巻之38早良郡上の田島村の項に掲示された有泉亭図には当社が左下隅に描かれている。友泉亭の中央部にも八幡宮が描かれている。これは当地に遷座する前の跡地だろうか。

友泉亭は寛延(1745-1751)の頃、黒田藩6代藩主継高の別荘として造られたものである。

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