仏旗 海上山乗蓮院 多福寺(たふくじ) 浄土宗  TAFUKUJI TEMPLE 石城三十三箇所観音霊場第24番 伊藤氏参拝済

  • 全景(左手に須崎恵比寿神社と戦災地蔵菩薩)
    全景(左手に須崎恵比寿神社と戦災地蔵菩薩) 
  • 須崎恵比寿神社
    須崎恵比寿神社 
住所・電話
〒812-0028 福岡県福岡市博多区須崎町13-5 標高:7.8m MAP GMAP 092-281-5582 
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歴史

伊藤氏メモ寺伝によると、開創は元和年間1615-1623、開山は浄土宗海元寺(現:博多区中呉服町)9世の乗蓮社大誉上人。 この上人が自分の隠居寺として須崎のこの地に創った寺で、海元寺の末寺であった。 住職の話では、大誉上人は黒田家のお抱え大工の岩崎家の出で、先祖は、黒田長政公が筑前移封のときに中津から伴われて来た。今も多福寺の檀家で、岩崎建設はその子孫の会社という。

多福寺の開創当時の本尊は戦災で焼失し、現在の本尊の阿弥陀如来坐像は昭和45年1970現本堂再建のときに、別府の亀川から本寺に本尊として移ってこられた仏様で、室町時代初期の作と伝えられる。元々は大分国東半島の阿弥陀堂のご本尊といわれ、亀川の信行寺[1]が預かっておられたものである。

多福寺の山門を入ると、すぐ前は幼児の運動場で、隅には遊具が置かれている。この寺は「ナーランダ保育園」という、昭和4年1929創設の、博多で最も古くからある保育園が併設されている。ナーランダ保育園の創設者は18世新森貫瑞住職である。(『筑前の寺めぐり 』より)()

多福寺の西隣には恵比寿神社が鎮座している。 多福寺との関係は不明。

参考:『筑前國福岡区地誌』『筑前國續風土記付録』『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

須崎町問屋街のはずれに伽藍を構えている。 保育園(ナーランダ保育園)と併設されている。 門前の通りを200mほど東に進めば、そこに博多祇園山笠の決勝点である石村萬盛堂本店がある。

西隣の恵比寿神社入口には昔のポンプがぽつんとある。 恵比寿神社境内には戦災地蔵菩薩が安置されている。 その案内板(昭和40年6月19日付)によれば、下須崎町出身の戦死者19柱、 昭和20年6月19日の福岡大空襲で戦災死された方は59人に及ぶと書かれている。合掌。

多福寺と背中合わせで行願寺がある。

写真

  • 本堂
    本堂 
  • 境内風景 - 保育園の運動場となっている
    境内風景 - 保育園の運動場となっている 
  • 須崎恵比寿神社前のポンプ
    須崎恵比寿神社前のポンプ 
  • 戦災地蔵菩薩
    戦災地蔵菩薩 
  • 門前の風景(須崎町問屋街、最前方は博多祇園山笠の決勝点)
    門前の風景(須崎町問屋街、最前方は博多祇園山笠の決勝点) 

伊藤氏メモ『筑前國福岡区地誌』()

開基ノ僧ヲ大譽存道ト云創建ノ年伝ラサレモ元和年中1615-1623ト云

『筑前國續風土記付録』巻之5 博多中 須崎町中の項

多福庵浄土宗鎮西派。佛堂6間5間

海上山乗蓮院と號す。 海元寺に属す。 開山を大譽と云。建立の年歴詳ならず。寺内に稲荷社有。

『筑前國続風土記拾遺』巻之5 博多 中 須崎町中の項

此町の海濱に在。神體ハ石也。 勧請の年歴詳ならず。 此の石はもと志摩郡前原宿の人家の地より掘出したりといふ。 霊告有しに依て此地に祭ると云。 奉祀の社人を上原大和と云。町書上にハ林大和と有。 毎年7月3日、11月10日祭有。


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