bukki 正興山 勝立寺(しょうりゅうじ) 日蓮宗 ★☆☆ 日忠上人 かぼちゃ大祭 伊藤氏参拝済 唐津街道福岡城下

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〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神4丁目1-5   標高:7.1m 地図 GMAP 092-741-6001 
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歴史

境内の案内板によると下記の記述がある。

慶長8年(1603)京都妙覚寺唯心院日忠(ゆいしんいんにっちゅう)は、 布教のために訪れた博多妙典寺において、 キリスト教の神父イルマン(修道士)らと宗教に関する問答をおこないました。 日忠はこれに勝利し、初代藩主黒田長政からキリスト教会が保有していたこの地を与えられ寺を建てました。 寺の名は、問答に勝利したことにちなみ名付けたとされています。

明治23年(1890)には、元寇史跡として東公園日蓮銅像建立事務所となり、同27年(1904)に落慶を迎えました。

蒙古塚(志賀島)・勝立寺分院(礼拝堂)(糸島市)の祭祀も勝立寺が行っている。

伊藤氏メモ『福岡寺院探訪』によれば。福岡大空襲により焼失。 その後再建されたという。

毎年冬至にはかぼちゃ大祭が催される。

ひとくちメモ

元キリスト教の寺院のせいか、昭和通り側の山門は洋風である。 山門の上側にはラテン語?のような文書が刻まれている[1]。どう考えても日蓮宗のお寺の山門には見えない。 写真「昭和通り側」の山門を参照してください。

伊藤氏メモ勝立寺の近くを通りかかったので、そのまま寺内に入り庫裏に行って「日本一大きい坐像の日蓮聖人像(木造)」の拝観を申し出たら、簡単に「そこの扉から入って2階へどうぞ」ということで、すんなり見ることができました。さすが日本一の大きさでした。()

伊藤氏メモ昭和通り側の山門の像は「毘沙門天」でした(私も加藤清正かと思ったのですが)。勝立寺に確認しました。()

写真

  • 祖師堂の扁額
    祖師堂の扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 全景
    全景 
  • 本堂の屋根の彫り物
    本堂の屋根の彫り物 
  • 昭和通側の山門
    昭和通側の山門 
  • 昭和通側の山門上の毘沙門天像
    昭和通側の山門上の毘沙門天像 
  • 昭和通側の山門より本堂を望む
    昭和通側の山門より本堂を望む 
  • 梵鐘
    梵鐘 
  • 南瓜毘沙門天王の石碑 - 山門脇
    南瓜毘沙門天王の石碑 - 山門脇 

勝立寺あれこれ

伊藤氏メモその他、勝立寺についてです。()

  • 福岡でただ一人の陸軍大将・明石元二郎の墓が当寺境内にあります。 この明石大将はスパイとして活躍した方で、その経歴は興味深いものがあります。 特に、Links⑥ で詳細に述べられています。 (*この「ふるさと歴史シリーズ」はお薦めです。ほかにも面白い話が盛りだくさんです。)
  • 明治の西南戦争の際、この地には有栖川宮熾仁親王を総督とする政府軍の征討総督府本営が置かれ、そのことを示す碑が山門の右側の方に立っています。
  • 勝立寺の鐘楼台は自動式で定時に鐘が突かれています(人が突いているのではなく)。

かぼちゃ大祭

毎年冬至に開催。 2014年には法要は11:00、13:00、14:30に執り行われた。 法要の時間は年によって変わるかもしれません。事前にお寺に問い合わせしてください。

『筑前國続風土記附録』巻之1福岡 橋口町の項

勝立寺・極楽寺・香円寺・円心寺(巻之1福岡)
勝立寺・極楽寺・香円寺・円心寺(巻之1福岡)
『筑前名所図会』

勝立寺(仏堂横9間入8間)

正興山と号す。京都妙覚寺の末寺也。 開山を日忠といふ。 慶長10年(1605)長政[2]公造営の資を賜ハりて建立せしめ給ふ。

其比、いるまん、きうたく、とうあんふと云切支丹宗の僧3人、博多津中を徘徊し邪法を(てら)い、徒黨を集て(およそ)200余人に及へり。 日忠は妙典寺にて法談せし(ついで)に、(かれ)か邪法たる事を排斥し、宗論に勝てり。 其事を詳もしるしたる1冊此寺にあり。

此寺に了獄院殿・淸獄院殿・自性院殿の位牌・石塔あり。 霊供養料・施餓鬼料等寄納せらる。 什宝に長政公の御束帯の肖像の掛軸あり。 また加藤清正の肖像あり。

関連寺社(※過去に関連していた寺社も含みます。必ずしも現在関連している寺社とは限りません。)

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脚注