仏旗 弌松山 妙静寺(みょうじょうじ) 浄土真宗本願寺派  MYOUJYOUJI TEMPLE 仙厓 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
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〒815-0081 福岡県福岡市南区那ノ川1-12-21 標高:7.9m MAP GMAP 092-531-6355 ホームページ
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歴史

寛文5年1665本山より、御本尊として、木像を拝受し、福岡市瓦町(現在の博多区祇園町)に開寺。

その後、二度の大火に被災。過去帳を焼失したため、寺院の由来などは不詳です。 昭和23年に福岡市で国体が開催された時、当寺院が国体道路設置の用地にかかり、現在地に移転しています。

福岡市のホームページより

参考:『筑前國続風土記拾遺

ひとくちメモ

本堂の扁額には「扶桑最初禅窟(ふそうさいしょぜんくつ) 仙厓(せんがい)」の銘がある。 妙静寺が移転する前の場所は博多区祇園町。 仙厓和尚が隠棲した、聖福寺脇の虚白院とは至近距離である。 その関係で揮毫されたものであろう。

伊藤氏メモ本堂の仙厓銘の扁額については、「弌松山」の文字の部分が仙厓の筆跡によるものと伝わっており、 その筆跡部分を彫り込んで金色の塗料で色彩を施しているとのことでした。

福柳の墓も確認できました。 墓地へ入ってすぐを右手に行ったところです。 綺麗な墓石の正面側には三浦家累代之墓、裏側には戒名・俗名(福柳伊三郎)・没年(大正15年12月11日)・享年(34)の銘が記されています。

本寺は、昨年は本堂内での一人芝居、本年(2014年)11月15日18時からは同じく本堂内での「JAZZ in 妙静寺(前日には灯篭による境内ライトアップを予定)」を催すなど開放的なお寺です。 現第17世。()

伊藤氏メモ日本相撲協会によると、福柳は本名・三浦伊三郎。 明治26年生まれ。出羽海部屋に入門し、初土俵は明治41年。 当時の本場所は年2回。 順調に出世したようで、大正6年には十両入りし、翌大正7年には入幕を果たしている。 大正15年、ふぐに当たって急死するまで幕内生活9年、最高位は関脇。身長176cm、体重105kg。 葬儀は祇園町の万行寺で行われ、 福博の有力者、出羽一門の力士ら600余人が参列。 その盛大さは後々まで語り草になったという。 この福柳の墓は、本寺にある。(「博多旧町名歴史散歩」より)()

写真

  • 本堂の扁額(扶桑最初禅窟 仙厓銘)
    本堂の扁額(扶桑最初禅窟 仙厓銘) 
  • 境内風景
    境内風景 


『筑前國続風土記拾遺』巻之9 博多寺院 下

妙静寺

真宗西本願寺直参なり。 開基の僧養順は妙行寺善教か次男なり。 山崎新左衛門と云者此処に一宇を結ひ養順を住持せしむ。 此地ハ瓦工数人の寄合所とて一舎有しを新左衛門妙行寺に檀縁あるを以て養順か為に此寺を立といふ。 寛文5年1645本山より寺号木佛を許さる。

境内に古松一株有。故に土俗一本松といふ。 依て一松山と云山号を称せり。 其樹寛永121635年7月27日大風に倒る。其跡に栽たる松今も一幹あり。

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