仏旗 姪浜万霊塔(めいのはままんれいとう) [姪浜萬霊塔] 不詳  MEINOHAMA-MANREITOU TEMPLE 伊藤氏参拝済

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  • 姪浜漁港 - 万霊塔を背にして撮影
    姪浜漁港 - 万霊塔を背にして撮影 
住所
〒819-0015 福岡県福岡市西区愛宕浜4丁目49 標高:1.1m MAP  
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歴史

万霊塔正面に貼られた銅板製の説明書きの内容を下に記す。 (段落・西暦年号は作者が挿入した。) 銅板はかなり傷んでおり判読出来ない文字もある。

萬靈塔縁起

今ヲ去ル105年前即文政11年戊子年1828 突如大暴風起リ難破船相次ギ其ノ数ヲ知ラズ。 為に海岸ニ漂着セル溺死体100餘ニ及び収容スルニ桶ノ不足を生ジ5尺桶を以テ代ヘタリと傳フ。 爾来夜毎ニ百鬼怪火現ハレ漁夫ハ魂魂ノ迷ヘルに恐レ夜ハ全ク業ニ從フ者ナキに至レリ。

當時興徳寺76世梧隠義鳳和尚之ヲ聞キ海岸ニ於て大施餓鬼法ヲ嚴修セリ。 之ヨリ萬靈静マリ漁夫モ漸ク安堵シテ夜業ニ從事スルコトゝナレリ。 此ノ祭ニ基キ以来毎年大施餓鬼ヲ施行シ現今ニ至ル。

此縁起ハ現存ノ老人■傳及興徳寺保管ノ和漢年■に基クモノニシテ此由来ヲ後世ニ傳ヘ且ツ萬靈供養ノタメ故世話人並ニ後援者ノ志ニ基キ茲ニコノ塔を建設シ萬靈塔ト名稱ス。

昭和7年9月22日

その傍らには「海豚(いるか)の塔」も建てられている。 姪浜の漁師の海豚供養のものである。漁師たちの海豚への思いやりが読み取れる。

その縁起はこちらをご覧ください。

「萬靈塔・海豚の塔」と記された石碑の裏側には平成14年8月銘で施餓鬼世話人会として、 下のお寺が名を連ねている。

興徳寺  照林寺  白毫寺  清楽寺  順光寺  天然寺  稱讃寺  光福寺。 いずれも姪浜のお寺である。

ひとくちメモ

万霊塔前は福岡女子高校の通学路の一つとなっており、 朝夕の通学時間帯は自転車に乗った学生達が行き交う。

毎日曜日早朝には姪浜漁港の朝市が開催される。 ショッパーズモールマリナタウンも橋を渡ってすぐの所である。 能古島へのフェリーのりばも至近距離。 すぐ南側では唐津街道姪浜宿の昔ながらの町並みも散策できる。 盛り沢山の散策スポットである。

周辺の散策には唐津街道まちづくり協議会による、 唐津街道姪浜バーチャル街歩きのご利用もお勧めである。

写真

  • 万霊塔
    万霊塔 
  • 万霊塔(左)と海豚の碑
    万霊塔(左)と海豚の碑 
  • 海豚の碑
    海豚の碑 
  • 姪浜漁港 - 万霊塔を背にして撮影
    姪浜漁港 - 万霊塔を背にして撮影 
  • 能古島 - 万霊塔を背にして撮影
    能古島 - 万霊塔を背にして撮影 


海豚の塔

海豚の塔脇の銅板製の案内板の内容を下に記す。

海豚の塔

玄界灘は古い昔から昭和40年くらいまで鯨や海豚の群れが回遊しており、 それがときには博多湾内に入り込んだが、 鯨1、2頭、海豚は数100頭の場合が多かった。

15尋もあるせみ鯨1頭を捕獲すれば、 関わった浦の者へ等分に分配しても1、2ヶ月分の収入となり、 7浦が潤うとも云われた。

海豚の場合は、1頭につき鯨の40分の1程度の価値しかなかったが、 捕獲数が100頭ともなれば鯨1頭分の価値をはるかに超え、 その多くは唐津・伊万里辺りへ買い取られていった。

姪浜浦が海豚の大群を発見したのは昭和25年11月22日の事であっが、 組合員総出で志賀島の大岳の浜[1]へ追込み、 30数頭を捕獲し、 戦後の食糧難の時代という背景もあって多大の利益を得る事が出来た。 しかし、血に染まった網の中には母海豚に寄添うようにして死んだ子海豚も数多く、 組合員は心を痛めた。

組合では浜墓地に「海豚の塔」を建てて鎮魂の碑としたが、 50年の歳月を経て事情を知る者も居なくなったので、 今回の移転に際し、 説明を誌した碑を添えて、先人の心を後世に伝える事とした。

平成14年8月19日 福岡市漁業協同組合 姪浜支所

関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)