仏旗 叶嶽地蔵(かのうがだけじぞう) [叶嶽神社] 不詳  KANOU-DAKE-JIZO

  • 本殿
    本殿 
  • 遥拝所全景(左手より社務所・稲荷大明神・地蔵堂)
    遥拝所全景(左手より社務所・稲荷大明神・地蔵堂) 
  • 地蔵菩薩(大)
    地蔵菩薩(大) 
住所
〒819-0163 福岡県福岡市西区今宿上ノ原 標高:322.1m MAP GMAP  ホームページ
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歴史

叶岳山頂の本殿脇の案内板の内容を下に記す。 『怡土志摩地理全誌1』によれば、明治のはじめの神仏分離により、地蔵尊は山上より山腹に移されたという。

叶嶽神社のいわれ

古文書(貝原益軒編 筑前国統風土記など)によれば、「往昔、山の名を天狗山と申しけるが、神功皇后、三韓進出のみきり、この所に御心願あらせし給ひしに御心に叶ひけりとて、山の名を変えて叶嶽と名付け給う」とある。

この神社の主神は、本地仏勝軍地蔵で、印度から伝承した魔神的性格を持つ地蔵の我が国における呼称である。地蔵を祀りながら神社とは、おそらく八世紀頃から唱えられた本地垂迹説、または神社習合思想のいわば伝来の仏教信仰と、我が国古来の神祇信仰との調和をめざすものであろう。

元来、地蔵信仰とは死者の冥福を祈るものであるが、平安朝時代から専ら貴族社会に盛んとなり、中世になると勝軍地蔵の名で本来の魔神的な性格が武士の守り神となり、やがては子供など弱者救済の、そして近世以降では、庶民のあらゆる願望を叶える菩薩として尊崇を集めるのである。

この神社は、今から約600年ほど前、熱烈な地蔵信仰で知られた将軍足利義満公の家来すじに当たる、上原の豪族吉住因幡守忠親が義満に倣い京都の愛宕権現より勝軍地蔵の分霊を勧請し奉り、建立したもので、霊験いみじみくもあらたかである。

(中略)

大祭[1]:正月元旦、(初)1月4日、(春)4月4日、(夏)7月24日、(秋)9月24日

上ノ原町内会(後略)

山内には地蔵尊は中腹に2体、遥拝所の地蔵堂内に数体安置されている。当地蔵尊の地点は本来、その鎮座位置を示すべき所、 当ページでは元は山頂に鎮座していたと言われるので山頂の本殿の位置とした。「叶獄地蔵」は作者が仮称したものである。 遥拝所・中腹の地蔵尊の位置は右の地図をご覧ください。

参考:『筑前國続風土記』

ひとくちメモ

叶岳山頂へ初登山(遥拝所へは2度目)。 老いも若きも犬も皆山に登る登る。途中すれ違う人たちと「おめでとうございま〜す」と挨拶を交わす。 山頂では社務所・本殿の扉が開いており、お神酒・スルメ・お菓子の振舞。 山頂からの眺めはなかなかのもの(麓の参道口から山頂まで往復2時間ほどの山登りでした)。

この付近は玄海国定公園内。山頂から西向かいの高祖山を越え、高祖神社に下りてくる周遊コースとなっているようだ。

山頂までの道はよく整備されており見通しも良いが、普段は山内は人気(ひとけ)が少ないと思われる。大祭の日以外は単独行は避けるべき。 山中所々に「スズメバチ注意」の掲示があり、本殿には「参拝後はイノシシが荒らすので扉を閉めること」との掲示あり。 山頂への道は所々枝分かれの地点がある。迷わないよう。要注意。

以下に山頂より下る順に、記事・写真を掲示します。

叶岳山頂不動岩(9合目)地蔵菩薩展望台山頂への登山口遥拝所参道口登山道


叶岳山頂

最後の石段を登って山頂の本殿域にたどり着く。 大祭の日は社務所も開けられ、お神酒・お菓子などの振舞がある。 本殿内では僧侶が読経を上げていた。

  • 本殿
    本殿 
  • 本殿 - 裏手より撮影
    本殿 - 裏手より撮影 
  • 本殿裏手の道標
    本殿裏手の道標 
  • 本殿内
    本殿内 
  • 本殿内
    本殿内 
  • 本殿に向かう石段
    本殿に向かう石段 
  • 境内風景 - 本殿を背にして撮影
    境内風景 - 本殿を背にして撮影 
  • 飯盛山と背振山 - 本殿脇より撮影
    飯盛山と背振山 - 本殿脇より撮影 
  • 本殿下の展望所より福岡市西区の景色(絶景である)
    本殿下の展望所より福岡市西区の景色(絶景である) 

不動岩(9合目)

不動岩は山頂に登る参道より、脇道を100mほどそれた所にある。 大岩である。岩の正面には赤で彩色された線画が見える。一説では不動明王が刻まれているとの事だがよくわからない。

  • 不動岩への参道口(左手)
    不動岩への参道口(左手) 
  • 不動岩
    不動岩 
  • 不動岩(赤で彩色された線画が見えるが何なのかはわからない。)
    不動岩(赤で彩色された線画が見えるが何なのかはわからない。) 
  • 不動堂
    不動堂 
  • 不動岩参道 - 不動岩を背にして撮影
    不動岩参道 - 不動岩を背にして撮影 

地蔵菩薩

ここには、2体の地蔵菩薩がある(以下、「大」「小」と呼ぶ)。 「大」は巨大な自然石の上におそらく別の石の頭部をのせたもの。 「小」は「大」より少し下った所に立っておられる。

「大」はお体が自然の巨岩。まる雪だるまが大きな風呂の中で足を延ばしてくつろいでいるようなお姿。 頂上へはこの地蔵菩薩の頭部の横を通って登ることになる。

「小」は作者が普段見慣れたお姿の地蔵菩薩である。 尊像の前には白い鳥居が立っている。

  • 地蔵菩薩(大) - 参道上より撮影
    地蔵菩薩(大) - 参道上より撮影 
  • 地蔵菩薩(大・頭部)
    地蔵菩薩(大・頭部) 
  • 地蔵菩薩(大)
    地蔵菩薩(大)  
  • 地蔵菩薩(大)
    地蔵菩薩(大)  
  • 地蔵菩薩(小)
    地蔵菩薩(小) 
  • 地蔵菩薩(小・前の鳥居)
    地蔵菩薩(小・前の鳥居) 

展望台

ここからの眺めもなかなかのものである。 今宿・糸島半島などが見渡せる。

  • 展望台への道標
    展望台への道標 
  • 展望台からの今宿・糸島半島の眺望
    展望台からの今宿・糸島半島の眺望 
  • 展望台からの今宿・糸島半島の眺望(写真左手前は今山、左手前が毘沙門山、その後に玄界島が見える)
    展望台からの今宿・糸島半島の眺望(写真左手前は今山、左手前が毘沙門山、その後に玄界島が見える) 
  • 展望台
    展望台 

山頂への登山口

この地点は山頂の本殿への登山口と遥拝所への参道の分岐点である。 参道口からここまでも結構なきつい山道ではあるが、これまでは序の口。66才の作者にとっては、これから先はそうとうきつい登山となる。

  • 登山口
    登山口 
  • 登山口脇の小堂
    登山口脇の小堂 
  • 登山口脇の小堂内(古い甕が地中に埋めてある)
    登山口脇の小堂内(古い甕が地中に埋めてある) 
  • 遥拝所への参道
    遥拝所への参道 

遥拝所

境内には、稲荷大明神・地蔵堂・社務所がある。 ここからの眺めもなかなかのものである。 地蔵堂内の写真がぼやけているが、これは線香の煙の為。すごい煙でした。

  • 稲荷大明神
    稲荷大明神 
  • 地蔵堂
    地蔵堂 
  • ご本尊勝軍地蔵尊 - 地蔵堂内
    ご本尊勝軍地蔵尊 - 地蔵堂内 
  • 地蔵堂内
    地蔵堂内 
  • 祭壇向かって左手の千手観音 - 地蔵堂内
    祭壇向かって左手の千手観音 - 地蔵堂内 
  • 祭壇向かって左手の仏像群 - 地蔵堂内
    祭壇向かって左手の仏像群 - 地蔵堂内 
  • 祭壇 - 地蔵堂内
    祭壇 - 地蔵堂内 
  • 多数の祈願用のしゃもじ - 地蔵堂内
    多数の祈願用のしゃもじ - 地蔵堂内 
  • 境内からの糸島半島方面の眺め
    境内からの糸島半島方面の眺め 
  • 社務所
    社務所 

参道口

参道口は叶獄宮前のバス停より道なりに40mほど南側に登った所にある。 参道口の道の向かい側には20台ほど駐車できるスペースもある。 参道口には、登山用の無料貸出の杖が多数置いてあるのでそれが目印である。

  • 参道口
    参道口 

登山道

全コースを通じて下記の写真のような道である。

  • 登山道
    登山道 
  • 登山道
    登山道 
  • 登山道
    登山道 


『筑前國続風土記』巻之22 怡土郡の記事

○叶嶽

叶嶽昔天勾山と云。此山怡土郡早良郡との境は峰を以分つ。 山上に地蔵堂有。怡土郡上原村に属せり。 昔此山上に大岩有。上原村吉住因幡と云者、地蔵堂を山上に立んとせしに、大岩故のけがたくして、其上に堂を立たり。 其後火災出来、堂焼、石も焼われて谷に落、其地に又堂を立、石佛を安置せり。 天正年中1573-1592、高祖の城主原田了榮此堂を改造し、田地2反餘寄附せらる。今も上原村の内に地蔵田と云字有。 忠之公寛永8年1631改作し給ふ。 因幡が8世の孫、今も上原村に在て、此堂を守る。僧には非ず。 毎月24日には参詣の人有り。ことに正月6日には、遠近より詣来る者甚多し。商賣も数10人集れり。 山上の眺望又よし。上原より登れば坂けはしからず。早良郡野方の方より上れば路甚さかし。