仏旗 潮音山 海元寺(かいげんじ) 浄土宗  KAIGENJI TEMPLE 博多寺町コース第28番 唐津街道博多 閻魔堂観音堂ゑんま祭り 伊藤氏参拝済

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  • 閻魔大王
    閻魔大王 
住所・電話
〒812-0035 福岡県福岡市博多区中呉服町10-5  MAP 092-291-4520
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歴史

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』に次のような記載がある。()

寺の縁起によると、長恩なる者が当寺を建立したと伝えられている。 開山の僧は大蓮社岌山徳公。 昔は真言宗で松崎小崎にあったとされ、慶長年間1596-1615、現在地に移ったという。元禄13年1700、火災により焼失。 その後昭和37年にも火災に遭い、本尊の阿弥陀如来像も焼けた。現在、京都八幡市の正法寺より謙り受けた阿弥陀如来像が安置されているが、住職の話によれば、鎌倉時代の作ではないかという。

伊藤氏メモに第37世の晋山式が挙行。

門前の道は旧唐津街道の博多への入口にあたる。

参考:博学博多200 増補改訂版 『筑前國続風土記』 『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

山門を入ってすぐ右側に閻魔(えんま)堂と観音堂がある。 閻魔堂には地獄の支配者とされる閻魔大王と、三途(さんず)の川で着物を剥ぎ取る 奪衣婆(だつえば)の像がある。

毎年1月16日と8月16日の「ゑんま祭り」では、この老婆にコンニャクを供えて、病気のアクをとるという風習がある。 その為この老婆は「こんにゃく婆さん」と親しまれている。 ちなみに、この風習はコンニャクは灰汁(あく)で固めて作る為、 灰汁="悪"を掛けている。

伊藤氏メモ閻魔堂・観音堂は、現在建替え工事中。本年(2016年)7月までには、新しいお堂が出来上がるそうです。堂内にあった閻魔大王や奪衣婆の像は、それまで八女の仏壇店預かりとのことです。()

新閻魔堂・観音堂を参拝してきました。(作者記)()

写真

  • 閻魔堂・観音堂
    閻魔堂・観音堂 
  • 観音堂内
    観音堂内 
  • 閻魔堂内
    閻魔堂内 
  • 三界萬霊塔
    三界萬霊塔 
  • 遠景 - 御笠川対岸の国道3号線より撮影
    遠景 - 御笠川対岸の国道3号線より撮影 

博学博多200 増補改訂版

伊藤氏メモ応永3年1396に大蓮社岌山徳公が開いたもので、 元々は現在の東区箱崎あたりにあったが、黒田家の藩政に伴い現在地に移転。 境内閻魔堂の閻魔像は、源七という槍持中間が上方の辻堂から盗み出したものであるが、 罪の思いに耐え切れず出家して当寺に堂を建てて祀ったものという。(『博学博多200 増補改訂版 』より)()

『筑前國続風土記』巻之4 博多の項

「長恩山義弘院 官内町にあり」とある。

『筑前國続風土記拾遺』巻之9 博多寺院(下)

潮音山義弘院と号す。 浄土宗鎮西派知恩院に属せり。 開山の僧を岌山徳公といふ。 其年時しらす。 長恩といひし者建立す。 因て長恩山と号せしか後に今の文字に改といへり。 此寺むかしハ獨鈷寺或云大福寺と号し真言宗なり。 博多松原の内古崎と云所にあり。 今に其寺址残れり。 興雲公入國し給ふ後今の地に引けりといふ。

什物に虚堂か墨跡を蔵む。 附録に近年濡衣の邉より石龜を掘出す。中に枯骨あり。 其石に白鳳元年壬申(661)と識せり。其龜寺内に移せしよしいへり。今寺僧しらす。


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