仏旗 圓満山 寿福院(じゅふくいん) [壽福院・子安観世音菩薩] 不詳  JYUFUKUIN TEMPLE 石城三十三箇所観音霊場第4番 伊藤氏参拝済

  • 観音堂
    観音堂 
  • 十三仏
    十三仏 
住所
〒812-0039 福岡県福岡市博多区冷泉町9-24 標高:9.8m MAP GMAP  
検索
同地区同宗派寺院  4km以内

歴史

寿福院前の案内板の内容をそのまま記す。

由来の記

子安観世音菩薩壽福院は筑前国赤間町(あかんまち) (福岡市赤間町28番地。町名改正冷泉町9番24号)に建立され寛永10年1633の開基であります。 昭和7年4月3日300年祭を施行昭和57年4月350年祭に当り本堂を改築致しました。 ご本尊は子安観世音菩薩にて安産、子育ての菩薩として博多の町民に知られ霊験あらたかであります、 また福岡博多八十八ヶ所の札所と石城四番として戦前は香花、献灯の絶え間がありませんでした。

毎年8月18・19日(旧8月9・10日)の夏祭り祭礼には善男、善女、老若を問わず参詣者で賑わい信仰の伝統を受けついでいます。 本堂は天保5年1834明治30年昭和8年昭和30年に改築されております。 妙法連華観世音普門品を信仰の目標として安産、子供の育成家繁栄 国家安泰を祈願しその具現を図っております。市民町民の方々の 一層の御信心をあわせてお勧めいたします。

昭和58年8月20日 宗教法人子安観世音菩薩 壽福院 

参考: 『筑前の寺めぐり』より , 『筑前國續風土記付録』 , 『筑前國續風土記拾遺』

ひとくちメモ

寿福院は博多区冷泉町にひっそりと伽藍を構えている。 境内には十三仏・梵字石他多数の石塔・石仏が安置されている。 門前の道の幅は狭い。昔のままのようである。

伊藤氏メモ戦時中は「産めよ、増やせよ」をスローガンとした国策の影響で、戦後も昭和30年代まで、子授けや安産、子どもの無事な成長を願う人々で賑わったとのことです。(「博多旧町名歴史散歩」より)()

写真

  • 全景
    全景 
  • 梵字石
    梵字石 
  • 表札碑
    表札碑 
  • 石仏・石塔
    石仏・石塔 
  • 名号石他
    名号石他 
  • 絵馬
    絵馬 
  • 門前の風景
    門前の風景 
  • 門前の旧赤間町の石碑
    門前の旧赤間町の石碑 


筑前の寺めぐり 』より

伊藤氏メモ寿福院の連絡先は当院の真向かいにある元ご住職の家系の個人のお宅である。当院の代表役員を務めておられるので、お願いすればご朱印をいただくことができる。

ちなみに、筑前琵琶の創始者一丸智定師(1世橘旭翁)は、ここ寿福院の出(元住職)である。師は5代前の寿福院一丸妙福住職の長男で、一丸孝憲現住職の曾祖父の兄に当たるという。妙福住職は盲僧琵琶の奏者であり、一丸智定師も初めは寿福院向かいのこの家で琵琶教授を始めたという。 ()

『筑前國續風土記付録』巻之6 博多下 赤間上

壽福庵

(浄土宗) 善導寺に属す。 観音堂・地蔵堂・文殊堂あり。

『筑前國續風土記拾遺』巻之8 博多寺院(上)

壽福庵

浄土宗鎮西派 善導寺にの末庵也。 開山を讃誉と云。始ハ本寺の塔頭なりしか、 萬治中1658-1660今の所に移せリ。本尊は子安観音なり。 境内に地蔵堂・文殊堂あり。

関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)