仏旗 三笑山 一行寺(いちぎょうじ) 浄土宗  ITIGYOUJI TEMPLE 博多寺町コース第27番 唐津街道 伊藤氏参拝済

  • 山門
    山門 
  • 本堂
    本堂 
住所・電話
〒812-0035 福岡県福岡市博多区中呉服町9-23 標高:8.3m MAP GMAP 092-291-4495
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歴史

文安元年1444に博多辻の堂(今の博多駅前1丁目)に開山。その後、寛永年間1624-1644に福岡藩 より現在地を賜り移転。 上の移転前の地とは現在の若八幡宮の場所である。

一行寺の山門前は旧唐津街道で、すぐ東側の石堂橋は博多の町の玄関口であった。当時の門前は博多の町への出入りの人々でにぎわったようである。

筑前國続風土記拾遺』によれば開山僧は照阿上人。 彼は糟屋郡志免町の西福寺も開山している。

伊藤氏メモ文安元年1444、足利義満の血を引き数奇な運命を辿った照阿上人が辻の堂(現:博多駅前1丁目)に創建したとされ、 寛永年間(1624~1645年)に徳誉上人が藩命によって現在地に移した。 徳誉上人のいとこにあたる扁誉は辻の堂の一行寺跡に草庵を結び、 そのそばに郷里の静岡から氏神の若八幡を勧請した。 厄除けで有名な若八幡宮が現在のそれである。

一行寺本堂には、明治の神仏分離以前に若八幡宮の本地仏であった阿弥陀如来像が安置されている。 九州俳壇の重鎮であった河野静雲(福岡市東区和白丘の円相寺に静雲の句碑があり)は、 当寺の生まれ。作家夢野久作(代表作:九州帝大医学部を主要な舞台とする「 ドグラ・マグラ」)や その父であり玄洋社と深く関わった政財界の怪人杉山茂丸の墓もある。 (『博学博多200 』より)()

参考:『筑前國続風土記

ひとくちメモ

本堂・山門と練塀は歴史を感じさせるものとなっている。


写真

  • 境内の石仏
    境内の石仏 
  • 一行寺前の旧唐津街道
    一行寺前の旧唐津街道 
  • 境内風景”ハナニラ”
    境内風景”ハナニラ” 
  • 境内の石仏
    境内の石仏 
  • 山門の乳金具
    山門の乳金具 
  • 山門の乳金具
    山門の乳金具 


筑前國続風土記』巻之4

三笑山日水院。官内町(かんないまち)[1]にあり。

筑前國続風土記拾遺』巻之9 博多寺院(下)の項

一行寺

三笑山日水院と号す。浄土宗鎮西派知恩院に属せり。 開山を照阿上人といふ。 其宗門及び年時を詳にせす。

寺説に満譽行覺上人(はじめ)空阿知恩院の春譽上人に随て伝法し今の宗旨に帰せり。 當始ハ辻ノ堂町に在しを永禄或云天正(ころ)満譽今の處に移せリ。 故に満譽を中興開山とす。 其舊址にも庵室を殘して日水庵と号す。

宝暦6年17566月27日當寺焼亡す。同13年性譽新に建立せり。 寺宝に紺紙金泥の弥陀經有。此經住吉明神の筆なりといふ妄説あり。又宝珠を蔵めし物に見ゆれと今ハなし。

日水庵

浄土宗鎮西派一行寺の舊地にて今も庵室を殘せり。一行寺12世の従持満譽か本寺を石堂町に移せり。 若八幡宮は此庵の境内なり。

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