西昌山正福院
本岳寺
[九州別院最上稲荷・蓮池の最上さん]
日蓮宗
☆☆☆
伊藤氏参拝済
博多寺町コース第21番
博多旧市街ライトアップウォーク第7番
- 住所・電話
- 〒812-0036 福岡県福岡市博多区上呉服町14-21 標高:7.2m 地図 GMAP 092-281-4017
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歴史
伊藤氏メモ当寺のパンフレットに記載されている内容を以下に記します。()
●西昌山本岳寺は『筑前国続風土記』に綴られ、「本岳寺ハ西昌山ト申シ日蓮宗京都本法寺ニ属ス 蓮池町ニ有リ・・・」と記されている。 本岳寺の開創については明治初年の『筑前国日蓮宗一致派寺院記録』に「明応五乙辰年(1496)八月創建、開祖日因」と明示されている。 以来、日因の教えとともに法華経の伝承に精進し、平成8年(1996)には500周年という大きな節目を迎えた。現第41世。
●本岳寺は昔、矢倉門(現:博多区祇園町)にあったといわれ、慶長の頃(1596-1615)に現在の上呉服町(旧:蓮池町)に移り、江戸時代の後期には、本堂・表門・七面堂等の伽藍が整った。 明治元年の記録によると「境内825坪但除地、檀家115軒」あったとされ、明治40年には第39世玄明院日良上人が入り、大正年間に現在の本堂や庫裏などを建立した。ことに本堂は七間四面の総ひのき造りで、彫刻や天蓋など荘厳なたたずまいを誇っている。 また、幸いにして福岡大空襲(昭和20年)の戦火にも遭うことなく、当時のまま現在に至っている。
●開創以前の本岳寺は、御供所町にある聖福寺の末寺に属す禅宗の本覚寺というお寺で、西昌という僧が住職であった。 あるとき[1]、京都から博多に赴いた日因聖人は、囲碁がたいそう強いという僧・西昌の評判を聞き及び、寺を賭けて碁を囲むことになった。その結果、勝利をおさめた日因は、約束どおり西昌から寺を譲り受け、山号に先住の名を残して、「西昌山」と称したと伝えられている。 この日因という開祖は、織田信長から碁の名人称を与えられた同じ日蓮宗の京都本因坊算砂につながる者と考えられている。 ともあれ、博多の数あるお寺の中でも、他宗からの改宗は本岳寺だけである。
●寺内の釈迦涅槃図は、江戸時代初期の慶安5年(1652)に渋谷宗遲より本岳寺に寄進されたものである。 この掛軸の裏書には、文政9年(1826)から天保9年(1838)までの13年間質物となっていて、第28世日光上人の代に金子6両(現在換算で約80万円)で質屋から受け出したと記されている。
●釈迦誕生図は、当寺に元禄の頃から伝承されているものである。製作されてから400年以上経過しているにもかかわらず、色彩が非常に鮮やかに残っており、当時の雰囲気を正確に伝え、希少価値が高い画幅である。 文化財としての価値も高く、多くの美術館で行われた仏教画展等で展示された。 原図は痛みが目立つようになり、平成17年から2年の月日をかけて京都国立博物館で大修復を行い、色彩がさらに鮮明となった。大画面の中のそれぞれの場所で物語が展開していくという伝統的な説話画になっている。 現在、原図は太宰府の九州国立博物館に寄託し、春秋の年2回特別公開を行っている。
●本堂再建100周年(大正5年(1916)建立)の記念事業の一環として、本堂内陣脇の襖8枚を「絹の渋金」の襖紙を貼って修復した。また、女流画家の李惠氏に依頼し、春夏秋冬の風景画を2枚ずつ見事に描き上げていただいた。この四季の襖絵を眺めたら、きっと心和み癒されることでしょう。
●本岳寺境内勧請の最上稲荷は、日本三大稲荷の一つであり、開運除災・商売繁盛に霊験あらたかな法華の稲荷として全国に名を馳せている。 大正8年(1919)、第39世日良上人が博多商人の檀信徒たちから懇願を受け、岡山県備中高松の最上稲荷総本山に赴き御分霊の充許を賜った。それ以来、「九州別院最上稲荷」又は「蓮池の最上さん」として御参拝をいただき、今日に至っている。 2月に初午祭を、12月にお火焚き祭を盛大に執り行っている。
参考:『筑前國続風土記拾遺』
ひとくちメモ
屋根のついた門柱・本堂はかなり重厚なもので印象的である。
イベント情報(今日から1年間)
○主催者などに事前に確認の上、参加下さい○
日時 | 内容 | 備考 | 状態 |
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2023-11-02(木)〜2023-11-05(日) | 博多旧市街ライトアップウォーク | 博多区の多くの寺社がライトアップされて多くの人たちがお寺・お宮めぐりをします。 | 確定 |
写真
『筑前國続風土記拾遺』巻之9 博多寺院(下)の項
西昌山正福院と号す。(院号なし。)日蓮宗本法寺に属せり。 此寺昔ハ矢倉門に在。慶長年中(1596-1615)今の所に移す。 中興開山を日因といふ。
一説に初禅宗正覺寺とて辻堂町に在。西昌といふ僧住持す。 法華宗日因と云僧と賭の碁を圍み日昌輸て日因に寺をとられぬ。 依て今の宗門に改め先住の名を用て山号とす。 日因は永正11(1514)年に寂せり。
元和(1615-1624)或云寛永(1624-1645)の此今の地に迁れり。 其時佛堂ハ澁谷良忠と云 者建立すといふ。 寺内に七面堂あり。唐筆の釋迦誕生會画一軸あり。什宝とす。
賭碁でお寺をやりとりするとは仏様もびっくりの行動である。事実はそんな単純な笑い話ではなく、もっと意味のある理由があったのではなかろうか?
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