仏旗 瑠璃山医王密寺 恵光院(えこういん) 高野山真言宗  EKOUIN TEMPLE 九州二十四地蔵尊霊場第21番札所 筑前国中三十三観音霊場第4番札所 九州三十六不動霊場第35番札所 唐津街道箱崎宿 筥崎宮 灯籠堂菩提樹 菩提樹まつり写経 伊藤氏参拝済

  • 灯籠堂
    灯籠堂 
  • 本堂(左手は灯篭堂)
    本堂(左手は灯篭堂) 
  • 地蔵堂
    地蔵堂 
住所・電話
〒812-0054 福岡県福岡市東区馬出5-36-35  MAP 092-651-5133
イベント情報(今日から2ヶ月間)
日時内容備考
2017-06-05
(11:00〜13:00)
菩提樹まつり菩提樹の花と涅槃図のご開帳
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瑠璃山 恵光院 | 九州二十四地蔵尊霊場会

歴史

境内の説明板の内容をそのまま記す。

恵光院由緒

瑠璃山医王密寺 恵光院は高野山真言宗に属し宗祖 弘法大師総本山金剛峯寺(和歌山県高野山)の末寺です。

寛永年中1624-1644筑前国二代藩主黒田忠之公を開基とし、 筥崎八幡宮の座主坊であった五智輪院弥勒寺の法印正範大和尚によって開山されました。

本尊の薬師如来は、薬師瑠璃光如来ともいい、 薬壺をもって身心の苦しみを救って下さる如来さまです。

恵光院は、筥崎八幡宮のお元結縁寺で、 歴代座主・祠官各家並びに一般檀信徒の霊牌を安置しており、日夜供養を続けております。

明治時代には、激しく吹き荒れた神仏分離によって、筥崎八幡宮周辺の各社坊が次々と廃滅するなか、 この難をのがれた恵光院に、筥崎宮や各社坊に残る多くの仏像・仏画等が移され、社坊中唯一存せる寺院として、 八幡宮守護の法燈を守り、今日に至っております。

当時の背景をなす宝物は、神仏分離以前の筥崎宮社坊の歴史を知る上で、貴重なものとなっています。

燈籠堂(承元2年1208創建)

天正15年15876月14日豊臣秀吉公箱崎宿陣の折、 千利休居士が茶を奉ったところとして歴史上有名な遺跡です。

この建物は明治3年1870筥崎宮より移築[1]されたもので、 本尊の石仏十一面観音菩薩は箱崎の海中より出現したと伝えられ、 筑前国中三十三観音霊場の第四番札所として、衆庶の崇敬をうけております。

-- 拝記

筑前國続風土記拾遺』巻之39 表糟屋郡 上 箱崎村 八幡宮の項に 筥崎宮に縁のある寺院は、座主坊であった五智輪院弥勒寺をはじめ、蓮乗坊・学頭坊・勧進坊・智禪坊・圓臺坊・一乗坊・一御灯坊・ニ御灯坊・慈眼院そしてこの恵光院があったという。 恵光院以外の寺院は現在はおそらく全て廃絶もしくは筥崎宮に併合されているのであろう。

筑前國続風土記拾遺』も参考にご覧ください。

ひとくちメモ

参道は2つある。筥崎宮の表参道側(東側)と旧唐津街道側(南側)である。 どうやら表参道は東側のようである。 本堂内の荘厳は中央(八幡宮 薬師如来(ご本尊)弘法大師)、左手(愛染明王 不動明王 弥勒菩薩)、右手(弁財天 毘沙門天 大黒天)以上9体である。

灯籠堂は上の案内板にもあるようにかなりの風格を感じる。 灯篭堂前には菩提樹の木があり、6月初旬から中旬にかけて一斉に黄色い花をつける。 この花の香りはなかなかいい。 (その時期に合わせて「菩提樹まつり」が開催される。)そのときは、本堂内で釈迦の涅槃図も開帳される。

また、銅葺屋根の本堂・地蔵堂もなかなか良い。 境内にスチール製ベンチが設置されている。これは散策・お参りする人にとって非常に助かる心配りである。

伊藤氏メモ恵光院の本堂内には参拝者のための御詠歌が流れていました。 これは初めてのパターンでした。 また、ご本尊の前には「五鈷杵」という密教法具が置かれておりご自由にお触れくださいとの表示がありました(開運にパワーを発揮するとの由)。これも初めてのパターンでした。 加えて、カラー刷りのパンフレットも持ち帰り自由で、ご本尊参拝者にかなり気をお遣いになっていることが伺えました。()


写真

  • 灯籠堂正面
    灯籠堂正面 
  • 菩提樹 - 灯篭堂前
    菩提樹 - 灯篭堂前 
  • 菩提樹の花
    菩提樹の花 
  • 夏の燈籠堂 - 前の木は菩提樹
    夏の燈籠堂 - 前の木は菩提樹 
  • 山門
    山門 
  • 山門の扁額
    山門の扁額 
  • 参道口
    参道口 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 唐津街道沿の参道口
    唐津街道沿の参道口 
  • 境内風景
    境内風景 


筑前國続風土記拾遺』巻之10 那珂郡 元 馬出村の項

上町に在。 真言宗彌勒寺の末也。 また、村内街道の南に石佛六軀立り。 法行寺といひし寺跡といふ。