仏旗 和光山 大日寺(だいにちじ) 天台宗  DAINITIJI TEMPLE 伊藤氏参拝済

  • 山門
    山門 
  • 山門の扁額
    山門の扁額 
住所・電話
〒812-0008 福岡県福岡市博多区東光寺町1丁目14-14 標高:9.3m MAP GMAP 092-431-5443 
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歴史

Linksのページの「沿革史」によれば、延暦24年805、 伝教大師開基とあるが明らかではないという。 堅粕の東光院とも関係ありとされる資料もあるというが、 これも定かではないという。 昭和53年本堂、庫裡新築の折、以前の本堂棟木には、元禄12年1699の再建年号、 又本尊大日如来にも同年修理された事が記されていたという。 明治・大正・昭和初期には天然痘の厄除で参拝者が多かったという。

福岡寺院探訪』によれば、 本尊の大日如来像は平安時代の作ではないかという。 現第3世(以前不詳)という。

参考:『筑前名所図会』『筑前國続風土記附録』

ひとくちメモ

大日寺は博多区東光寺町の一角にひっそりと伽藍を構えている。たまたまお参りした時は山門が閉ざされ、 境内を撮影・お参りすることができなかった。 次回またお参りに行こう。

伊藤氏メモ 本日も、山門は閉ざされていましたが、写真にもある山門右隣の通用戸は鍵も掛かっていなく、なんなく境内へ入らせていただきました。 本堂正面は開きませんでしたので、本堂右側の玄関口から声を掛けてお願いしましたら、心安く本堂正面を開けて御本尊をお参りさせてくださいました。 ここの御本尊は、「福岡寺院探訪」に写真・説明が載っていますが、「御本尊の大日如来像は平安時代の作ではないかと言われる。本堂の広さと比較して、その大きさと、どっしりとした如来像の姿は、拝む人の心を柔らげてくれる」とあるとおり、他寺院の御本尊とは違った時代を感じる深い趣が漂っていました。 ()

写真

  • 境内風景 - 西隣の吉備神社より撮影
    境内風景 - 西隣の吉備神社より撮影 

『筑前名所図会』那珂郡「大日寺の図」

大日寺吉備社(巻之5那珂郡)
大日寺吉備社(巻之5那珂郡)
『筑前名所図会』

右図には、西隣の吉備社と共に現在と同じ配置で描かれている。 その記事は下の通りである。 本尊大日如来の天然痘(疱瘡)除けのご利益の記述もみられる。

大日寺吉備津宮と並へり。主ハ吉備津宮なり

本尊大日如来ハ疱瘡(ほうそう)の病鬼を除き給ふとて、 此を疱瘡の神と謂習して、 小児を携て参詣するもの群をなせり。 俗に云傳ふるは一本の木にて大日の像を3體作りしに、本に作りしハ宗像本木(もとき)[1]の大日なり、 末の木にて作りしハ糟屋郡須恵の大日なり、 中の木にて作りしハ此那珂村の大日なりといふ信するにたらす。

『筑前國続風土記附録』巻之7 那珂郡 上 東光村の項

『筑前國続風土記附録』挿絵
『筑前國続風土記附録』挿絵 

吉備津社神殿方4尺・拝殿2間四方・石鳥居1基・祭禮9月19日・奉祀梅崎伊豆・宮司坊大日寺

産霊なり。 祭る所吉備津彦命也。 此社の事ハ本編に詳なり。 社の左に大日堂あり。 右に観音堂あり。 むかしは村の北1町許今ハ田となる。字をフルダイニチと言。大日寺住僧の墓地となる。にありしを、寛文1661-1672の始、此地にうつせり。 守僧の坊を大日寺理性院といふ。 天台宗にて比叡山に属せり。

右の挿絵の左手に「剣塚」の図がある。『附録』にも記事があるが、現在も存在するかどうかは未確認。


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