heritage 宝満宮(ほうまんぐう) 竈門神社(かまどじんじゃ) 神仏習合 ★☆☆ 伊藤氏参拝済

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〒818-0115 福岡県太宰府市内山883   標高:188.6m 地図 GMAP 092-922-4106  ホームページ
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歴史

主祭神:玉依姫命(たまよりひめのみこと)。相殿神:神功皇后(じんぐうこうごう)・応神天皇(おうじんてんのう)[1]

社伝では、天智天皇の代(668-672)大宰府が現在地に遷された際、鬼門(東北)に位置する宝満山に大宰府鎮護のため八百万の神々を祀ったのが神祭の始まりという。次いで天武天皇2年(673)心蓮(しんれん)上人が山中での修行していると玉依姫命が現れたため、心蓮が朝廷に奏聞し山頂に上宮が建てられたという。 当社では、この時をもって当社の創建としている。

当社に関係する最初の確実な史料は、延暦22年(803)、竈門山寺(当社の神宮寺)に関する記載である。この記事では、当社は奈良時代にはすでに神仏習合の状態であったと見られている。

社司は、天元2年(979)の段階では大宮司が一山の貫主を担っていたが、11世紀末頃には神仏一体となっており、大山寺別当が当社含め一山を取り仕切っていたと見られている。

近世に入ると、筑前国を治めた小早川氏によって天正15年(1587)から修験道の道場として再興され、慶長2年(1597)、神殿・拝殿・講堂・行者堂・末社等が再建されたという。 黒田藩歴代藩主の尊崇を受けた。

明治の神仏分離によって仏教色は一掃された。

上宮は宝満山山頂(829.6m)に鎮座。山腹には中宮跡が残る。かつて中宮には講堂・神楽堂・役行者堂・鐘楼等が備えられていたとされるが、明治の廃仏毀釈に伴い廃絶した。(以上 Links① などより)

ひとくちメモ

竈門山寺跡のページもご覧ください。

イベント情報(今日から1年間)

○主催者などに事前に確認の上、参加下さい○

日時内容備考状態
2023-11-12()〜2023-11-27(月)竈門神社ライトアップ毎日21時頃まで未確定

写真

  • 社殿
    社殿 
  • 社殿
    社殿 
  • 社殿
    社殿 
  • 社殿に掲げられた鬼の面
    社殿に掲げられた鬼の面 
  • 社務所
    社務所 
  • 石段に写った虹色の光
    石段に写った虹色の光 
  • 石段に写った虹色の光(拡大・吉兆!)
    石段に写った虹色の光(拡大・吉兆!) 
  • 境内から眺める太宰府市内
    境内から眺める太宰府市内 
  • 駐車場
    駐車場 
  • 竈山神社図 - 『筑前國続風土記附録』挿絵
    竈山神社図 - 『筑前國続風土記附録』挿絵 

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脚注