仏旗 榎社(えのきしゃ) [榎寺・浄妙寺跡] 不詳  ENOKI-SYA 太宰府天満宮

  • 浄妙尼社
    浄妙尼社 
  • 観世音寺・戒壇院・榎寺(右下に榎寺、右上に戒壇院・観世音寺が描かれている) - 	『筑前國続風土記附録』挿絵
    観世音寺・戒壇院・榎寺(右下に榎寺、右上に戒壇院・観世音寺が描かれている) - 『筑前國続風土記附録』挿絵 
住所
〒818-0103 福岡県太宰府市朱雀6丁目18-1 標高:32.4m MAP GMAP
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榎社 - Wikipedia

歴史

Linksのページによれば、この地は昌泰4年901正月、菅原道真が左遷され、 延喜3年903没するまで謫居した場所(没後は安楽寺が菩提寺となる)。 大宰府政庁の府の南館であった。 この地での道真の生活は不自由な苦しいものであった。 あまりにも酷い暮らしの中で道真自身、脚気や皮膚病に悩み、胃腸もこわすという状態であった。 道真が京の都を去る時に詠んだという歌「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」。

道真が亡くなって約30年後、治安3年1023、大宰大弐藤原惟憲が道真の霊を弔うために浄妙寺(院)[1]を建立。 境内の大きな榎があったのでいつしか「榎寺」とよばれるようになったという。

毎年9月太宰府天満宮の神幸式大祭では、道真の神霊はここに神幸され、一夜過ごされて翌日天満宮本殿に遷御される。

参考:『筑前國続風土記』

ひとくちメモ

境内には社殿・浄妙尼社・小堂がみられる。 浄妙尼社は、扉が閉ざされ、内部は未確認。 『筑前國続風土記』によれば、「釈迦、多寶2佛を安置す」とある。 この2仏は、社殿の内部に安置されているのかも知れない。

寺の西側には西鉄天神大牟田線が通り、門前にはその踏切がある。

写真

  • 鳥居(参道口)
    鳥居(参道口) 
  • 浄妙尼社の扁額
    浄妙尼社の扁額 
  • 小堂内の石仏
    小堂内の石仏 
  • 小堂
    小堂 
  • 石碑
    石碑 
  • 西鉄天神大牟田線の電車 - 境内より撮影
    西鉄天神大牟田線の電車 - 境内より撮影 
  • 石碑
    石碑 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 門前の踏切
    門前の踏切 

『筑前國続風土記』巻之8 御笠郡 中

○浄妙寺

今は榎寺(えのきでら)と號す。 此寺は菅丞相太宰帥にて、此所におはしましける地なり。 後一条院の御時、治安年中 都督()惟憲,これのり)卿、彼跡をかなりみ、伽藍を一宇建られけるとかや。 今(わずか)に佛堂一宇残りて、8月23日天神の御輿此所にわたらせ給う御旅所なり。 其日の末の時此所を出しまいらせ、天満宮の石の鳥居のかたはら、浮殿(うきどの)も御入、翌24日戌の時、 もとの御殿にかへし入れたてまつる。 この堂3間4面なり。釈迦、多寶2佛を安置す。(以下略)

尚、『筑前國続風土記附録』巻之11 御笠郡 中の項によれば、この地は当時は通古賀(とおのこが)村と呼ばれていたようである。