仏旗 求菩提山 護国寺跡(ごこくじあと) 天台宗[未]  FORMER GOKOKUJI TEMPLE

住所
〒828-086 福岡県豊前市求菩提 標高:682m MAP  
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歴史

上の「豊前市公式ホームページ」によれば、 近世の求菩提山文書によると、継体天皇20年526の猛覚魔ト仙による開山、 大宝4年704の役行者の入山、 養老4年720の行善による求菩提山護国寺の建立という古い歴史を持つという。

12世紀中頃(平安時代末期)に入って、求菩提山は宇佐郡出身の天台宗の僧・頼厳によって再興。 爾来、「一山五百坊」と言われ、天台宗求菩提山護国寺を中心に多くの山伏(修験者)たちが山内に住み、 厳しい修行に挑み、英彦山と共に北部九州修験道の中心を担うことになる。 明治元年1868の神仏分離令、さらには明治5年1872の修験道廃止令によって、求菩提修験道は終焉することになるという。

求菩提山中には、構の石門(かまいのせきもん)座主館跡みそぎ場坊跡安浄寺跡三十三観音石像獅子の口護国寺跡(国玉神社中宮)鬼の石段上宮磐座(いわくら)護摩場跡(ごまばあと)五窟氷室(ひむろ)愛宕社玄冲塚杖とり仏等々などの遺構が残っているという。 また、求菩提資料館の東側の山中には、不動窟と呼ばれる山伏たちの修行窟や火追窟(ひおいくつ)弁財天窟等々多数の洞窟を見ることができるという。 さらに、求菩提山から6km余下った処には、岩洞窟と呼ばれる窟が大きく口をあけ、その天井には飛天とも見られる岩壁画が描かれているという。

求菩提山山頂より東方に9kmほど下った所には如法寺が伽藍を構えている。 護国寺跡の写経場と求菩提山の鬼門封じの役割を果たしていたという。

ひとくちメモ

未稿。


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