仏旗 笹尾山 西念寺(さいねんじ) 浄土真宗本願寺派  SAINENJI TEMPLE

  • 本堂
    本堂 
住所・電話
〒838-1702 福岡県朝倉郡東峰村福井463 標高:138.1m MAP GMAP 0946-72-2057 
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同地区同宗派寺院  4km以内

歴史

境内の案内板の内容を下に記す。

笹尾山西念寺宝珠山村史跡ガイド

文禄4年1595、奥州浪人の熊谷三郎兵衛末高入道浄弥は、 当地の笹尾山で念仏道場を開き、京都の真宗興正寺末となりました。

慶安5年1651、3世了誓の時に、 廃寺となった長門国玖珂郡一ノ坂の真宗本願寺派西念寺の寺号・本尊などを相続し、 笹尾山西念寺と称し、現在に至ります。 三門(さんもん)は、3世了誓の頃のものです。

宝暦8年1758、8世恵谷(えこく)は、善行多く、褒章され白銀を賜りました。 また、寛永年間1626-1645、筑前福岡藩黒田家の家臣・筑紫四郎右衛門興門は、 三国境(さんごくさかい)の押さえとして大字福井字長野に居住し、 西念寺に帰依、一族の墓があります。

参考:『筑前國続風土記拾遺

ひとくちメモ

お寺の後は山。門前には国道211号線・JR日田英彦山線が並行して走り、 その向こうはまた山である。 周辺はのどかな田園地帯となっており、空気もうまい。 国道脇の参道口から山門(上の歴史の項では「三門」と記されている)をくぐると、 直ぐ右手には納骨堂と思しき小堂、左手は庫裏・本堂となっている。 3世了誓の頃(西暦1650年前後)のものと云われている山門は、 かなりの修復がなされた様子で、屋根は現在では銅葺きのようである。

おそらく、西念寺は旧筑前国にあったお寺のうち現存する最東端のお寺ではなかろうか? 寺裏の山々の稜線の東側は旧豊前国(大分県日田市)である。

[余談]参拝予定の朝倉市内のお寺を全てまわり、 最後の勧正寺(朝倉市杷木林田130)の参拝を終わったところで、 まだ時間があるので「もう1ケ寺」と欲を出したのが失敗の始まりである。 我がポンコツスマートフォンで、拙サイトの「GPSで近くのお寺を探す」機能を使用してこの西念寺を見つける。 距離≒4kmと出た。「お!! すぐ近くじゃないの!!」と考えて、 さっそくスマフォのナビをセット。 ナビ通りにひたすら走るが行けども行けどもお寺に着かない。 そうこうしていると日田市に入ったようである。 同乗の妻からは、非難の雨あられ。 再び日田市から福岡県に入り、やっとのことで到着。(よかった(汗)) 結局20kmは走ったであろうか。

自宅に戻り、地図上で走った経路を見直すと、勧正寺とこの西念寺の直線距離は確かに4kmほどである。 だが、間に山があった!! ナビは山を迂回した最短距離の経路を案内してくれたようである。 拙サイトの「GPSで近くのお寺を探す」機能は直線距離での検索機能である。 経路の距離を表示するように改良の余地あり。 どうやって自動で経路の距離を計算するか?? 多少の目算はある。 なんとかせんといかんバイ。

写真

  • 山門
    山門 
  • 全景
    全景 
  • 納骨堂?
    納骨堂? 
  • 小字「寺村」の道標
    小字「寺村」の道標 
  • 門前の国道211号線
    門前の国道211号線 
  • 門前の風景(先の鉄橋は日田英彦山線)
    門前の風景(先の鉄橋は日田英彦山線) 
  • 門前を走る日田英彦山線列車
    門前を走る日田英彦山線列車 


『筑前國続風土記拾遺)』巻之21 上座郡(上) 福井村此村本編に出たり。の項

西念寺

寺村に在。真宗京都佛正寺の末也。 開基の僧を浄弥と云。 寺内に筑紫氏の古墓4-5基あり。 此邉を領して當村長野と云所に住宅ありし事あり。 故に爰に葬し由也。 さて此寺8世の住侶恵谷と云僧善行ありし事官廳に達し宝暦7年褒賞有て白銀を賜りしと云。