heritage 松葉山 勧正寺(かんしょうじ) 浄土真宗本願寺派 ☆☆☆

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〒838-1506 福岡県朝倉市杷木林田130   標高:67.4m 地図 GMAP 0946-62-0467 
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歴史

伊藤氏メモ宇治川の先陣争い(1184)に名を残した佐々木四郎高綱の子孫・佐々木繁綱が生葉郡隈の上の井上城主として代を経ていたが、肥後の龍造寺のために滅ぼされて野に下り、久しく生葉郡の朝田に居住していた。

太郎左ヱ門の代に蓮如上人(1415-1499)に深く帰依するところあり、剃髪して春西と号していたが、この春西の坊守妙春が、蓮如上人に布一束を献上したとき、その返礼として六字の名号を賜ったという。これは、今、勧正寺の寺宝として保存されている。

また、春西の子・助左ヱ門が入道して教信と号し、星丸の立に移り住んでいたが、その4世清念のとき、石詰の源東に一宇を構えた。これが元和10年(1624)で、すなわち松葉山勧正寺の始まりである。

延保5年(1677)降り続く豪雨のために寺堂は崩壊し、林田の現在地に移転。さらに天明6年(1786)には火災に遭い全焼したが、天明8年(1788)に再建された。

本堂は7間に7間半あり、山門は昭和3年(1928)の建立である。(以上『杷木町史(昭和56年)』より)()

参考:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

お寺の北側には、大分自動車道と福岡県道52号線が走る。 この福岡県道52号線はこの先、山を登り小石原経由で田川郡香春に至る道である。 周辺は木々が多く、古い町並みも所々に見られる。 楼門はかなりの年月を経たものとなっており、棟札には「昭和3年8月建立」の銘がある。 本堂裏手の駐車場には大木が3本あり、いずれも石垣の中に食い込んでいる。

写真

  • 本堂の扁額(「昭和丁卯」の銘。昭和2年のことか?)
    本堂の扁額(「昭和丁卯」の銘。昭和2年のことか?) 
  • 楼門 - 本堂を背にして撮影
    楼門 - 本堂を背にして撮影 
  • 門前の風景
    門前の風景 
  • 寺裏の駐車場(大木が石垣に食い込んでいる。)
    寺裏の駐車場(大木が石垣に食い込んでいる。) 

筑前國続風土記拾遺

筑前國続風土記拾遺』巻之21 上座郡(上) 林田村(此村本編に出たり。)の項

勧正寺

辻ノ堂に在。真宗西派京都瑞坊の末也。 開基の僧を清念と云。 元和(1615-1624)の中頃松末村に一寺を造立す。 延寶5年(1677)の夏大いに雨降山崩て寺堂壓倒するにより爰に移せりと云。


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