第21章 口の中の健康 

インデックス 第1節 痛い歯がなければ問題ない?  | 第2節 糖尿病と歯周病の相互関係  | 第3節 歯周病も合併症が怖い病気   | 第4節 日常生活での注意
  • 第1節 痛い歯がなければ問題ない?

    あなたの口の中は健康ですか、と聞かれたら、どのように答えますか?「痛いところは無いから大丈夫」、「少し痛い歯があるけど、まだ歯科医に行くほどでは」など、いろいろな答えが予想されます。でも本当に「痛くなければ健康」なのでしょうか?実は、専門的に調べると35歳以上の人の約80パーセントに歯や歯茎の病気があることがわかっているのです。

    1.歯と歯周組織の仕組み・虫歯・歯周病の症状

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    虫歯は細菌が歯の表面につき、エナメル質を溶かすことから始まります。最初のうちは、表面がわずかに黒ずみ、時々しみる程度ですが、虫歯は歯の内部で広がって行きます。歯髄(神経のある部分)まで侵されると痛みがひどくなり、ついには歯髄自体も死滅してしまいます。歯周病の初期症状は、歯肉が赤く腫れ、歯磨き時に血が出るなどです。その内に、歯と歯肉の間に歯周ポケットと呼ばれる袋ができます。そして歯周ポケットの中に歯垢が変化して硬くなった歯石が形成され、ポケットはさらに大きくなり、そこから膿が出るようになります。さらに歯肉が後退し、歯槽骨が減ると、歯は支えを失ってグラグラになります。

    2.虫歯や歯周病は慢性の感染症

    歯の病気の大部分は、虫歯(う歯)と歯周病の二つで占められます。この二つとも、歯や歯と歯肉(歯茎)の間にこびりつく歯垢(プラーク)と呼ばれる物質が原因です。歯垢には何種類もの細菌が増殖しています。細菌の出す酸が歯の表面を溶かしてしまうのが虫歯で、細菌の毒素が歯肉に入り込み炎症を起こすのが歯周病です。つまり虫歯や歯周病は、細菌の感染が延々と続いている状態「慢性感染症」ということです。

    虫歯や歯周病は、どちらも治療しないでいると歯が抜け落ちたり、抜歯しなければならなくなります。とくに虫歯と違い歯周病はほとんど症状が現れずに進行するので注意が必要です。ここからは、糖尿病と歯周病の関係を中心に話を進めていまきす。

  • 第2節 糖尿病と歯周病の相互関係

    1.糖尿病は歯周病を悪化させる

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    糖尿病で血糖コントロールがよくないと、さまざまな感染症にかかりやすくなります。歯周病も感染症ですから、やはり糖尿病によって発症・進行しやくなります。また、高血糖では唾液が減り口の中が乾燥して歯の自浄作用が低下すること、あるいは歯肉からの滲出液や唾液の糖分が多くなること、組織の修復力が低下してしまうことなども関係しています。実際、糖尿病は歯周病の発症や悪化の危険性を2倍以上高めるという研究が多数報告されています。

    2.歯周病は糖尿病を悪化させる

    糖尿病の患者さんが、風邪などの感染症にかかると、一時的にインスリンの作用が弱くなり(インスリン抵抗性が強まり)、血糖値が高くなります。歯周病も感染症ですから、やはり血糖値を上げるように働きます。しかもかぜなどの一時的な病気と異なり、歯周病は慢性の感染症ですから、その影響がずっと続き、血糖コントロールを悪化させます。

    3.歯周病は生活習慣病

    歯周病の原因は、歯磨きをしっかりしていない、たばこを吸う、糖分の多い食習慣、精神的ストレスなど、ほとんどが生活習慣に関係しています。これらは糖尿病を招く生活習慣でもあります。

    4.歯周病の症状が血糖コントロールを乱す

    糖尿病など他の多くの生活習慣病と同様に、歯周病は何年ものあいだ症状に現れずに進行します。歯茎が痛んだり、歯がグラグラ揺れ出したら、歯が抜け落ちるまで有余はもうわずかしかありません。しかもそのような状態では、食事の量が減ったり食べるものが偏ったりして、食事療法や薬物療法を正しく行えないようになります。

    5.互いの治療が両者に好影響を与える

    このように糖尿病の人は歯周病が発症・進行しやすく、歯周病のために糖尿病の治療がうまくいかないこともあります。反対に血糖をよくコントロールし適切に歯周病を治療すれば双方に好影響を与える相乗効果を生み出します。歯周病の治療によって血糖コントロールが改善することを、私たち歯科医はしばしば経験します。

  • 第3節 歯周病も合併症が怖い病気

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    糖尿病は「合併症の病気」と言われるほど数々の合併症がありますが、歯周病にも合併症があります。例えば歯周病菌が口から気管支を通って肺に至り、肺炎を引き起こします。血液中に入った歯周病菌が感染性心内膜炎という心臓の病気を起こすことも知られています。また、近年では動脈硬化やそれによる心筋梗塞や脳梗塞が歯周病によって増えるという報告も複数みられ、実際に亡くなった方の解剖で血管の動脈硬化巣から歯周病菌が見付かる事もあります。

    更に、女性の妊娠中は歯周病になりやすいことが知られていますが、歯周病があると早産や低出生体重児出産が増えることもわかってきました。

    このように歯周病は歯が抜け落ちるだけでなく、全身にさまざまな悪影響を及ぼします。しかもそれら歯周病の合併症の多くは、糖尿病の合併症でもあることが問題です。しかし、このことは、歯周病をしっかり治療することが大きなメリットを生む可能性も意味しています。つまり、糖尿病の治療目的は「合併症の発症・進行を防ぐこと」で、そのために血糖コントロールを続けていくのですが、歯周病の治療は血糖コントロールの改善を介してその目的達成に役立つばかりでなく、より直接的に合併症予防に効果を発揮してくれるかもしれないのです。

    1.どうすればよいのでしょう

    それでは、口の中の健康を保つ秘訣をご紹介しましょう。それは、なによりも「歯をよく 磨くこと」、そして「より良い血糖コントロールをめざすこと」です。

    2.歯磨きのポイント:物理的に歯垢を取る

    歯垢の除去には物理的な方法が一番効果的です。液体の口内洗浄液には歯垢が取れやすくする作用がありますが、うがいだけでは取れません。ブラシを使った物理的な歯磨きが必須です。磨き残しなくきちんと磨くには、最低1回10分はかかります。義歯(入れ歯)もしっかり清掃しましょう。

    物を食べたらその都度なるべく早く歯を磨くのがベストです。それが無理なら1日1回、徹底して磨いてください。その場合の歯磨きのタイミングは、夜、寝る前です。睡眠中は唾液が減って自浄作用がなくなり歯垢がこびりつきやすくなるので、その防止には寝る前の歯磨きが効果的なのです。

    3.歯ブラシの選び方

    歯ブラシは小型で毛あしが長く、毛は硬めで弾力性のあるものが歯垢除去に効果的です。ただし血糖コントロールが悪い人では、毛が硬すぎると、歯肉が傷ついたとき細菌に感染することもあるので、コントロールを改善するまでは、毛がやわらかめのものを使います。

    最近、電動歯ブラシが普及してきましたが、ヘッド部分が古くなったまま使っている人が少なくありません。毛あしが開いてきたら早めにヘッドを交換しましょう。また、電動でも歯の間の細かい部分の歯垢はとれません。歯間ブラシなどによる歯の間磨きは必要です。

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    4.正しい歯の磨き方

    効果的なブラッシングの仕方は、自分にあった方法を歯科医師に相談するのがよいでしょう。ここでは、誰でもできて、清掃効果の高いスクラッビング法という方法を紹介します。

    スクラッビング法:
    ブラシで床を掃除(英語のscrub)するのに似ていることから名付けら れた歯磨き法
    歯の外側は歯ブラシの毛を直角にあて、歯の内側は少し斜めに当てて小きざみに数ミリずつ振動させ、1~2本ごとに磨く。歯と歯肉の境目に、歯ブラシの一部がいつも当たっているようにする。

    5.歯間ブラシの使い方

    歯と歯の間に直角に歯間ブラシを入れて歯面にこすりつけるように出し入れする

    6.歯磨きとは「歯の間磨き」

    歯垢が溜まりやすいのは、歯の間の隙間や歯と歯肉の間です。歯の表面だけをブラシでなでて歯磨きをしたと勘違いしている人がいますが、歯磨きとは「歯の間磨き」だと思って、歯垢が溜まりそうな所をよく掃除しましょう。1日に1回は歯間ブラシや糸楊枝などで細部に溜まった歯垢を除去します。

    7.歯磨き剤の清涼感に惑わされない

    歯磨き剤を使うと、よく磨けていなくてもすっきりした清涼感を得られます。そんな清涼感に惑わされ、磨き残しをしては大変です。それに、歯磨き剤は歯が変色するのを防止する効果がありますが、使い過ぎると歯を磨耗したり、歯肉を傷つけてしまいます。歯磨き剤なしでも歯垢の除去は十分できますので、使い過ぎに注意しましょう。

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  • 第4節 日常生活での注意

    1.年3~4回以上は検査を受けましょう

    どんなに正しく歯を磨いていても少しずつ歯垢が溜まってきますし、歯石ができてしまうこともあり、それは自分では絶対に除去できません。それらを早い段階で除去するために、定期的に歯科を受診しましょう。歯科受診の頻度は口の中の状態によって異なりますが、日本歯周病学会の『糖尿病患者に対する歯周病治療ガイドライン』では年3~4回より高頻度の検査を推奨しています

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    2.禁煙しましょう

    たばこを吸う人は、吸わない人より歯周病になりやすいことが明らかになっています。たばこは糖尿病の治療にも悪影響を及ぼしますので、ぜひ禁煙してください。

    3.生野菜を食べ、甘いものは控えめに

    生野菜を噛み砕くと歯の自浄作用が高まり口の中の清潔に役立ちます。野菜類は糖尿病の食事療法のためにも必要ですので、積極的に食べるようにしましょう。逆に、糖分の多いものは歯垢の蓄積を促しますので、甘いものは控えめにしましょう。なお、満腹感を得るために食事の最初に生野菜を食べる人もいますが、歯の自浄効果のことを考えて、最後にも食べることをおすすめします。

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    4.治療を受ける際の注意

    糖尿病であることを歯科医に伝えましょう。歯科を受診する際には、ご自身が糖尿病であることを伝えてください。血糖値が高いと感染症にかかりやすので、出血を伴いやすい歯科治療では、治療前後に抗生物質が必要なこともあります。極端な高血糖状態では、まず血糖コントロールを良くする必要があり、積極的な歯科治療はできません。

    また、糖尿病で薬物療法をしている人は、服用している薬やインスリンの種類と量を必ず伝えてください。抜歯や歯肉の手術治療の際には、治療後しばらく食事ができなくなるので薬物療法をしている人では低血糖に注意する必要があるからです。このような場合、歯科医は糖尿病の主治医に連絡をとってから治療しますが、患者さん自身も、あらかじめ主治医に相談しておくようにしましょう。

    5.生涯、自分の歯で食べるためにために

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    80歳になったときに自分の歯が20本は残っているようにしようという「8020運動」はみなさんもご存じのことと思います。この運動は高齢者対象の啓発活動のような印象を受けますが、実は主人公は若い世代なのです。それは、糖尿病が高齢者に多い病気なのに、その原因が好ましくない生活習慣にあるため、予防には若いうちからの生活習慣の改善が必要なことに似ています。

    歯は突然抜け落ちるのではなく、長期間、歯を大切にしなかったことが、歯が抜けやすい条件をそろえてしまうのです。実際に歯周病がある人は、19歳前後ですでに50パーセントに達しているのです。

    自分の歯があればこそ、楽しい食事や楽しい会話ができます。また、力強く噛むことは脳へ刺激を与え、体全体によい影響を及ぼします。より充実した人生のために、歯が果たす役割は、小さなものではありません。糖尿病がある人は、口の中の健康に、より気を配らなくてはいけないのは事実ですが、正しい歯磨き、定期的な検査、そして血糖コントロールを守れば、生涯自分の歯を守ることができます。歯の大切さ、糖尿病と歯の相互関係をよく理解して、いつまでも自分の歯で食べられるようにしましょう。