第20章 糖尿病の人の性 

インデックス 第1節 糖尿病による性機能障害の現状  | 第2節 まずは医師に相談を  | 第3節 性機能障害はどうして起こるのでしょう  | 第4節 詳しい検査と原因別の治療  | 第5節 糖尿病性勃起障害の原因を詳しく見ると…  | 第6節 勃起障害のほかには  | 第7節 ご夫婦で性生活を工夫しましょう
  • 第1節 糖尿病による性機能障害の現状

    糖尿病の男性が性機能障害を起こしやすいことは広く知られています。調査によってやや差がありますが、糖尿病男性の3~6割に性機能障害があると言われています。しかし、実際に治療を受けている人はずっと少ないのが現状です。その理由は、性機能障害は他の合併症と異なり、肉体的な苦痛がなく生命には関わりがないこと、医師に相談することの羞恥心、「若くもないのに今さら性機能障害で病院に行くなんて」といった、ためらいなどが考えられます。

    1.人の性、糖尿病の人の性

    2節図3

    より質の高い生活のためにどうするか?医学の進歩により、かつて「人生50年」と言われていた人の寿命も、今や80年となりました。そして、糖尿病の人でも血糖コントロール次第で健康な人と変わらず、元気に寿命を全うすることができるようになっています。これは大変すばらしいことですが、同時に、延びた30年の月日をどれだけ人間らしく充実した人生にできるのか生活の質(QOL)の向上という課題が生まれました。

    QOLの高い生活とは、例えば身の回りの事が自分一人で出来る、あるいは趣味をもち仲間と過ごす時間があるなど、いろいろ考えられます。そして“男と女の性”もQOLの高い人間らしい生活を送るための、大切な事柄ではないでしょうか。

    2.人の性とは

    そもそも人間にとって性とはなんでしょう。ひとつのたとえとして、都市を造る場合を考えてみます。都市計画ではまず、家や上水道、道路を造り、そして下水道を造る事などが、人々が暮らすための基本的な条件となります。

    しかし、それだけでは人間らしい生活ができる都市にはなりません。公園などの憩の場や図書館などの文化施設が必要でしょう。これを人間の体にあてはめた場合、上水道は胃腸などの消化器、道路は血管などの循環器、下水道は泌尿器といえます。それらの管理がよければヒトの健康は保てますが、人間らしい生活をするには、憩の場や文化施設にあたる機能が必要です。それがまさに性の役割といえます。

    性が生活に潤いを与えることで、人としてより充実した人生を送ることが出来るようになります。人の性は、単に子孫繁栄のためだけの機能ではありません。「人生80年」の時代となり、高齢の方にも高いQOLが求められる現在、性機能の問題は、医学的にも社会的にも注目されるようになってきました。

    そうした中、最もクローズアップされるのが、健康な人とほとんど変わらない生活も可能なのに、年齢の割に早く機能的な障害が現れる、糖尿病の人の“性”なのです。

  • 第2節 まずは医師に相談を

    <性交頻度と性交が生活に与える潤いの関連(調査対象は男性)>

    2節図3
    性交頻度と性交が生活に与える潤いの関連(調査対象は男性)

    我が国では、いまだに性について語ることをためらったり、あるいは「いい歳をしてはしたない」と考えてしまう傾向があります。しかし、異性と体温を確かめ合い、生きていることを実感することは、生活上の精神的活力を維持するうえで、とても大事なことです。

    性の満足感が高い人ほど人生の充実感が高く、逆に性の満足感が低い人は人生に不満が多いという統計があります。これは当然の結果といえるかもしれません。性の満足感を得られないことは、人生の大きな損失ともいえますし、結婚生活全般にも影響を与えかねません。

    逆に、糖尿病で性機能障害がある方が治療を受けた結果、糖尿病の治療にもよい影響が現れるケースが少なくありません。生きがいや人生の喜びを実感できることが、より積極的な治療への原動力になるものと考えられます。

    性機能障害が心配な方は恥ずかしがらず、積極的に医師に相談しましょう。どんな病気でもそうですが、早めに適切な治療を開始するほど、より高い治療効果を期待できます。しかも、最近の医学の進歩によって、性機能障害の多くは治療可能になっています。

  • 第3節 性機能障害はどうして起こるのでしょう

    2節図3

    糖尿病でなぜ性機能障害が起こるのか?ここでは勃起障害を中心に話を進めます。高血糖状態が続くと、血管障害で血液の流れが悪くなったり、神経障害が起こることはよく知られています。勃起障害の原因もこの二つの関連が大きいと考えられます。

    陰茎内部には海綿体というスポンジ状の組織があります。海綿体は性的刺激などを受けると自律神経の働きで内部の動脈が拡がり、多量の血液が送り込まれて、スポンジが膨らむように膨脹が始まります。同時に海綿体内の血液の出口にあたる静脈が、海綿体自体の膨脹により圧迫されて血液が流れにくくなります。こうして海綿体は、血液が溜め込まれて膨脹した状態を維持します。これが勃起状態です。

    糖尿病で血管障害や神経障害があると、この一連の現象がスムーズに起こらず、全く勃起しない、起勃しても硬さが十分でない、起勃が長く続かない、などの症状が現れます。もちろん健康な男性でも高齢になるにつれ血管障害、神経障害が進み、少しずつ勃起能力が衰えてきます。しかし、糖尿病では障害のスピードが加速され、高頻度に高いレベルの勃起機能低下が起きてしまうのです。

    1.問診と検査で隠れている病気をチェック

    勃起障害の治療の流れは医療機関によって多少異なりますが、まず初めに、症状や服用中の薬、アレルギーの有無などに関する簡単な問診票に記入していただくケースが多いようです。そのうえで血圧や脈拍の測定、必要があれば心電図検査などを行います。

    これらによって勃起障害の原因の見当をつけたり、勃起機能改善薬(バイアグラ)やレビトラ、シアリスなどを安全に服用できるか、性行為をすること自体に危険はないかを判断します。また、服用中の薬の副作用による勃起障害と考えられる場合には、薬の変更を検討します。なお、糖尿病で治療を受けている方は、最初に主治医に相談してください。そうすれば改めて問診や検査をする必要性がなく、効率よく治療を受けられます。

    2.勃起機能改善薬を試してみる

    勃起機能改善薬を問題なく服用できる場合は、まずそれが処方されます。その服用で糖尿病の方でも5~7割は性交渉が可能になります。薬の効果を引き出すためには、睡眠を十分とっておき、満腹時の服用は避けてやや空腹ぎみのときに服用するとよいでしょう。また、少しだけアルコールを飲んだり(飲み過ぎると逆効果です)、パートナーと協力して性的な刺激を楽しむなどの工夫もしてみてください。

    3.勃起機能改善薬の作用と服用上の注意点

    勃起機能改善薬は、陰茎の血管を拡張して海綿体内の血液量を増やし、勃起を助けます。この作用は陰茎の血管により強く作用するものの、陰茎以外の全身の血管にも作用して、おもに血圧へ影響します。このため低血圧や高血圧の人、あるいは心臓に病気がある人は服用できない場合があります。

    糖尿病の人は心臓に病気があることが多く、患者さん自身がそれに気づいていないこともあるので(無痛性心筋梗塞など)注意が必要です。最も気をつけなければいけないことは、狭心症や心筋梗塞の治療で硝酸剤や一酸化窒素供与剤(ニトログリセリン、ニコランジルなど)を服用している場合です(内服、舌下、注射、貼付などすべて)。これらの薬は心臓の動脈を拡張することで、発作を鎮めたり予防します。勃起機能改善薬と併用すると、血管拡張作用が強くなり過ぎて血圧が異常に低下し、生命が危ぶまれることもあるのです。

    このほか、網膜色素変性症や重度の肝機能障害がある人も服用できません。

  • 第4節 詳しい検査と原因別の治療

    勃起機能改善薬を服用しても効果が十分でない、あるいは心臓病などのために勃起機能改善薬を服用できない場合には、より詳しい検査を行って原因別に治療法を選択したり、勃起補助具を使う方法などを試みます。これらの検査や治療は主に泌尿器科の専門外来で行っています。

    1.心因性勃起障害の検査と治療

    男性は睡眠中、周期的に訪れるレム睡眠時に、生理的に自然な勃起が起こります。これをNPT(nocturnal penile tumescence)夜間睡眠時勃起現象といいます。これを調べるためNPTテストという検査で、睡眠中に十分な勃起があることがわかれば、糖尿病による血管や神経の障害が原因ではなく、心理的な問題によるもの「心因性勃起障害」の可能性が高いと考えられます。

    NPTを簡単に調べる方法として、目盛のついたテープ状の測定用具を用いる方法が普及しています。就寝前にそれを陰茎に巻いておきます。翌朝起きたときにそれがどれくらいゆるんでいるかを見ると、寝ている間に陰茎がどの程度勃起したかが判るという仕組みです。

    この検査の結果、心因性勃起障害とわかる患者さんは少なくありません。糖尿病であることがストレスとなり、うつ状態に陥りやすいことや、「糖尿病=勃起障害」という誤った思い込みが災いしていることもあるようです。そうした患者さんの中には、睡眠中の自然な勃起があるとわかっただけで、勃起障害が治る方もいます。治療法としては、心理療法でストレスを取り除いたり、うつ状態を改善する薬を服用したりします。

    2.血管障害の検査と治療

    血管を拡張する作用のあるプロスタグランジンE1(PGE1)という薬を陰茎に注射して、強制的に海綿体内の血液量を増やす「PGE1テスト」という検査があります。これで勃起すれば血管障害はそれほど進んでいないとわかります。

    この検査法はそのまま治療法として応用可能です。つまり、性交渉の前に患者さん自身でPGE1自己注射をするというものです。ただし、まだ正式な治療法としては認可されていないので、指定医療機関で行われている治験に参加登録したうえでしか行えません。PGE1の飲み薬を服用する方法もありますが、その場合は服用後すぐに効果が現れるわけではなくて、しばらく飲み続けて効果を確かめる必要があります。

    PGE1テストで血管系統の障害が疑われる場合は、さらに詳しく検査する方法としてカラードプラー法があり、陰茎内の血流を画像に表示し、どの血管が悪いのかを調べたりします。

    3.神経障害の検査と治療

    陰茎の神経を微量な電流で刺激し、その反応が伝わる速度を計測したり、振動覚計を用いて陰茎亀頭部の振動の伝わり方を測定します。神経障害があると、健康な人より反応の伝わるスピードが遅くなっています。神経障害の治療法には、ビタミンB製剤の服用・注射などがあります。

    4.男性ホルモン低下の検査と治療

    高血糖状態が続いていると男性ホルモンの一種の遊離テストステロンが減少し、そのために勃起障害が起きることもあります。血液検査で遊離テストステロン量を測定して、その低下がわかったときにはホルモン補充療法も考慮します。

  • 第5節 糖尿病性勃起障害の原因を詳しく見ると…

    2節図3
    糖尿病性勃起障害の原因

    ここでは、糖尿病性勃起障害の原因を専門的に分析した結果をみてみましょう。まず、糖尿病で勃起障害を訴えて泌尿器科を受診した患者さんを対象に、NPTテストで原因を調べたのが上図です。血管や神経の障害が勃起障害の原因と診断される患者さんは半数ほどで、残りの患者さんはその他の原因(心理的なことなど)とわかります。

    2節図3
    完全勃起障害を訴える患者さんの割合

    次に、糖尿病の人と糖尿病でない人ごとに、完全勃起障害(陰茎が全く硬くならない症状)を訴える患者さんの割合を、年齢別に比較したものが上図です。糖尿病の人では、完全勃起障害を訴える人の割合が糖尿病でない人よりも多く、とくに神経障害があると、若い人でも勃起障害が起きやすいという結果が出ています。

    2節図3
    血管障害、神経障害の程度と勃起能力低下の関係

    この図は、少し難しくなりますが、勃起能力と血管・神経障害の検査結果の関係を示しています。検査で血管や神経の障害が進行していると診断された人ほど勃起能力が低下し、とくに60歳以上では、血管障害が勃起能力の低下に大きく関係してくることがわかります。

    <勃起補助具を使う方法>
    薬による治療とは別に、器具を使う方法が有効です。勃起はするものの短時間で萎えてしまう場合など、勃起状態を維持するための陰茎絞扼リングがあります。
    糖尿病の患者さんの場合、勃起はするものの長続きせずに途中で萎縮してしまうというケースがよくみられます。この場合、勃起したあとに陰茎の根元を専用のリングで締めて、海綿体の中に血液を溜めることで勃起状態を維持することができます。ただし、30分以上は締めないように注意します。
    2節図3 2節図3
    <十分に勃起しない場合>
    勃起の硬さが不十分だったり、全く勃起しない場合には、陰圧式勃起補助具という器具が有効です。PGE1テストに反応しない、血管障害が進行している人でも、性交渉可能なレベルの勃起を得られます。使い方は、筒の中に陰茎を入れ筒の内部を陰圧(真空)にすることで物理的に勃起を生じさせ、この状態で陰茎の根元の部分をリングで締めるというものです。この場合も、リングは30分以上使用しないようにします。
    <それでも勃起を得られない場合>
    PGE1注射や勃起補助具でも十分な勃起を得られない患者さんには、プロステーシスというシリコンチューブを海綿体内に埋め込む手術治療があります。プロステーシスにはインフレータブルとノンインフレータブルと呼ばれるものがあります。インフレータブルは、陰茎内に入れるシリコンチューブと、チューブ内に流し込む液体、液体を溜めるタンク、液体を流すためのポンプからなり、それらを下腹部と陰嚢内に埋め込みます。ポンプを押すと、液体がシリコンチューブに流れて勃起した状態になり、ポンプについた弁を押すことで元に戻ります。ノンインフレータブルはタンクやポンプはなく、シリコンを折り畳んだり伸ばしたりして用います。
    どちらも疑似的に勃起させるものですので、患者さん自身の性感が高まるわけではないことを理解しておきましょう。しかし、性的スキンシップを回復するための手段としては大変有効で、確実に効果を得られます。この手術を受けて充実した性生活、潤いのある人生を送られている方は少なくありません。
  • 第6節 勃起障害のほかには

    ◆射精障害
    勃起障害以外に、射精障害が現れることがあります。通常、射精時には尿道の膀胱側が閉じ、精液は体外に飛び出すのですが、糖尿病で神経障害があると、尿道が閉じずに精液が膀胱内に流れてしまう逆行性射精や、精液が精巣から尿道までも運ばれてこないといった状態になることがあるのです。治療をしなくても性交渉は可能ですが、子どもをもうけたい場合には薬物療法や人工授精を行います。
    ◆女性の場合
    糖尿病の女性の性機能障害としては、腟内の分泌が減ったり性交痛が起きる、などが報告されています。こうした症状に対しても潤滑ゼリーを使うなどの対処法があります。産婦人科や女性外来を受診したり、夫が通院するときに一緒に受診してみましょう。
  • 第7節 ご夫婦で性生活を工夫しましょう

    2節図3

    ここまで、勃起障害を中心に解説してきました。しかし、性行為はなにも男性器を挿入することが目的のすべてではありません。例えば肌を触れ合うスキンシップからも、性の満足感、生きていることの充実感は自然と生まれてくることでしょう。

    また、性機能障害を単に性の問題としてのみとらえず、男性の心身全体の健康問題として、さらに夫婦間の問題として考えることが大切です。そのためには、パートナーも積極的に治療をすすめ協力していくことが、夫婦のQOLを高めていくうえで大切なことといえます。

    人生におけるスキンシップの必要性をはっきり認識し、日頃から性を秘すものとせず、生きることの基本的な事柄として、朗らかに、恥ずかしがらず話し合えるようにしていきたいものです。