第5章 インスリン療法(2型糖尿病) 

インデックス 第1節 インスリン療法は特殊な治療法ではありません  | 第2節 インスリン療法のめざすもの  | 第3節 インスリン療法の実際  | 第4節 これだけは知っておきたい基礎知識  | 第5節 治療の目標  | 第6節 インスリン療法にまつわる勘違い  | 第7節 効果を高めるアドバイスと注意点
  • 第1節 インスリン療法は特殊な治療法ではありません

    糖尿病は、インスリンという、膵臓から分泌され血糖値を調節するホルモンの作用が不足して、高血糖になる病気です。この状態に対して、インスリンを注射して補い、血糖値をコントロールするのがインスリン療法です。

    膵臓のインスリン分泌がほとんど無くなる1型糖尿病では、インスリン療法が治療の基本となり、生きるためにもそれが欠かせません。一方、2型糖尿病では、膵臓のインスリン分泌はいくらかは残っているので、インスリン療法をしなくても、すぐに命に関わるわけではありません。しかし、食事療法や運動療法や飲み薬による治療では血糖値を管理できない場合、また血糖値がとくに高い場合には、インスリン療法を行います。

    2型糖尿病でも、インスリン療法が必要なことは珍しいことではありません。国内でインスリン療法を行っている約 100万人の患者さんのほとんどは2型糖尿病です。インスリン療法のことを、重症の糖尿病の人のための、最後の治療手段だと悲観的にとらえたり、わずらわしそうだと敬遠する患者さんがいますが、治療が進歩し、注射器具の改良が著しい現在では、そのような考え方はあてはまりません。

  • 第2節 インスリン療法のめざすもの

    2節図3
    インスリンは、分泌のしかたで基礎分泌と追加分泌に分けて考えると、わかりやすい

    インスリン療法は、糖尿病のタイプや病状によって、治療の内容が異なります。膵臓からのインスリン分泌は、24時間ほぼ一定量が出 続ける基礎分泌、食事などの血糖値の上昇に対応してタイミングよく出る追加分泌に分けられます。

    1型糖尿病では追加分泌も基礎分泌もほとんどなくなっていますが、2型糖尿病の場合、インスリン分泌力自体は比較的保たれている ことが多いのです。

    しかし、分泌量が少なかったり、分泌のタイミングが悪い(食後に血糖値が上昇しても、少し間を置いてから分泌され始める)ため、高血糖になるのです。

    2型糖尿病のインスリン療法は、この残っているインスリン分泌力を効率よく活用し長持ちさせ、よりよい血糖コントロールを保ち続けることが目標です。

    ◆こんなときには、インスリン療法

    • 飲み薬を服用しているのに血糖コントロールがよくない
    • 薬の副作用・相互作用や内臓の病気で、飲み薬を服用できない
    • 著しい高血糖で、すぐに血糖値を下げる必要がある
    • 糖尿病以外の病気にかかったとき(手術の前後や感染症にかかったときなど)
    • 妊娠中(または妊娠希望時)・授乳中
  • 第3節 インスリン療法の実際

    飲み薬のことを「飲むインスリン」と思っている人がいますが、それは違います。飲み薬は膵臓に働きインスリン分泌を刺激したり、肝臓、筋肉などに働きかけインスリンの作用をよくします。血糖値がどのように変化するかは、病気の状態などによる個人差が大きく、同一人でも治療により変化します。

    それに比べてインスリンを直接補給するインスリン療法は、作用の強さやその効果をとらえやすく、血糖管理が容易です。飲み薬が効かなくて苦労を重ねた2型糖尿病の患者さんがインスリン療法に変えると、コントロールが良好になります。

    実際に、どんなインスリン製剤を用いて、どの程度の量をいつ注射するかなどは、主治医がその人の病状にあわせてきめ細かく指導します。従って、ここでの治療内容の解説は、基礎的知識にとどめます。

    <インスリン療法の効果>

    ◆2型糖尿病の場合

    追加分泌は低いが、基礎分泌はある程度保たれている2型糖尿病の場合、追加分泌の部分を超速効型や速効型で補うと、健康な人のインスリン分泌に近づけることができ、血糖値が改善します。

    2節図3

    ◆1型糖尿病の場合

    追加分泌も基礎分泌もほとんどなくなっている1型糖尿病の場合、その両方をインスリン注射で補う必要があります。追加分泌を補うのには超速効型や速効型、基礎分泌を補うのには中間型や持効型溶解インスリンを注射することで、健康な人のインスリン分泌に近づけることができます。

    2節図3
  • 第4節 これだけは知っておきたい基礎知識

    インスリン製剤は、皮下に注射後の効果の発現開始時間・ピーク・持続時間の差によって、超速効型、速効型、中間型、持続型(持効型溶解)の4種があり、またそれらを混ぜあわせた混合(配合)製剤があります。それぞれの特徴を生かして使い分けます。自分がどの種類の製剤を使い、そのインスリンがどのように作用して血糖値がどう変化するのか、特徴をよく理解し、使いこなすことが大切です。

    ●インスリン製剤の種類

    2節図3

    ●注射の方法と器具

    近年は、ごく簡単な操作で注射できるペン型やキット製剤が主流です。

    ●注射部位と吸収速度

    通常は皮下組織に注射します。注射したい部位の皮膚をつまみ垂直に針を刺せば、皮下に注射できます。注射に適した部位は、(a)腹部、(b)上腕、(c)臀部、(d)大腿などです。吸収速度は (a)が一番速く、以下(b)、(c)、(d)の順に遅くなります。

    2節図3

    通常は、吸収が速くて安定している腹部にするのが最適です。なお、注射後にその部分の筋肉を使うと吸収が速くなります。また、毎回同じ場所に注射し続けると、その部分が固くなることもあるので、少しずつ(1cmぐらい)ずらして注射するようにしましょう。

    糖尿病のもう一つの注射薬「GLP-1受容体作動薬」とは

    ここはインスリン療法について解説していますが、最近、インスリンとは少し異なる注射薬「GLP-1受容体作動薬」が登場しました。ここで簡単に解説します。

    ●インクレチン関連薬の一つ

    私たちが食事を摂ると、十二指腸や小腸などからインスリンの分泌を促す「インクレチン」というホルモンが分泌されます。このインクレチンの働きが低下しているために、膵臓には まだインスリンを作り出す力が残っているのにもかかわらず、インスリンが十分に分泌され ずに高血糖になっていることがあります。そのようなとき、インクレチンを薬として補って あげると、インスリン分泌が増えて、高血糖が改善します。

    インクレチンは高血糖のときにだけ作用するので、薬として用いても低血糖が起きる不安が少ないという利点があります。

    ●いろんな作用があるGLP-1

    インクレチンには大きく分けて GIP と GLP-1 という二つのタイプがあり、このうちGLP-1はインスリンの分泌を促すだけでなく、グルカゴンという血糖値を上げるホルモンの分泌を抑制したり、体重を減らしたり、膵臓の働きを助ける働きがあり、治療により適しています。

    GLP-1 受容体作動薬はインスリン製剤とは異なり、単位数の変更はせずに決まった量を注射します。副作用として吐き気などが現れやすいですが、殆どの場合、暫くすると消失します。

    ●インスリンの替わりにはならない

    GLP-1受容体作動薬はインスリンの分泌を促す薬であってインスリンではありません。ですから、膵臓にインスリンを作る力がない場合は、注射しても効果はありません。そのような場合には、インスリン療法が欠かせません。

    血糖自己測定

    血糖値の動きをリアルタイムでつかめる血糖自己測定は、インスリン療法をより効果的にするうえで有効な手段です。また、低血糖が疑われるときにそれを確認するためにも役立ちます。なお、血糖自己測定で得たデータは必ず記録し、主治医にフィードバックしてください。的確な治療のための貴重な情報源になります。

    低血糖が疑われたら

    血糖コントロールを厳格にするほど、低血糖が起きやすくなります。低血糖の症状は、手のふるえ、発汗、動悸、脱力感、吐き気、物が霞んだり二重に見えるなどですが、個人差があるので、自分の低血糖症状をよく覚えておきましょう。

    重度の低血糖でなければ、ブドウ糖または砂糖や糖分を含むジュースを摂ると、速やかに回復します。重度の低血糖で自分で対応できない場合は、周囲の人に対処してもらうことになります。ただ、2型糖尿病では低血糖を速やかに回復させる能力がたいてい残っているので、重度の低血糖になることはあまりありません。

    なお、車を運転中に低血糖ではないかと思ったときは、速やかに安全確認し左に寄せて停車して下さい。「もう少し」と我慢して運転を続けると、状況判断が鈍くなったり、安全確認がおろそかになる、手足の動きをコントロールできなくなる、といったことになることもあり、危険です。 【詳しくは、「低血糖」をご覧ください】

  • 第5節 治療の目標

    近年、血糖コントロールの良し悪しと合併症の起きやすさの関係を調べた、いくつかの研究果が、国内外で発表されました。それらはいずれも、厳しく血糖値をコントロールするほど合併症を阻止できることを証明し、治療を続ける患者さんを勇気づけるものです。

    一方で、合併症を確実に抑えるための治療目標は、それまで良しとされてきた値よりかなり厳しいことがわかりました。しかし、適切な治療、患者さんの努力次第で実現可能な値です。目標は、HbA1cを7.0%未満に保つことです。

    ※ HbA1c:2カ月前から採血時までの平均血糖値を表す指標。基準値は、4.6~6.2%です。

  • 第6節 インスリン療法にまつわる勘違い

    ◆インスリン療法が必要ということは、病状がだいぶ悪いということ?
    糖尿病は、合併症が怖い病気です。合併症の進行しやすさは、血糖コントロールの良し悪しに左右されます。仮にインスリン療法を行っていなくても、血糖コントロールが不十分なら合併症の発症や進行は抑えられません。
    反対に、インスリン療法が必要な人でも、それによってよいコントロールを保っていれば、合併症は抑えられます。インスリン療法が必要ということと、病状が軽症か重症かということは、直接関係ないことです。
    ◆一度インスリン療法を始めたら、一生やめられない?
    血糖値が高いと、それ自体がさらにインスリン分泌を低下させたり、筋肉や脂肪細胞でのインスリンの働きが悪くなるという悪循環が起きます。インスリン療法によってその状態を改善すると、高血糖改善の好循環が始まって、インスリン療法が不要になる事が少なくありません。
    ◆インスリンを注射すると膵臓のインスリン分泌低下が速まる?
    全く逆です。インスリン療法を開始し、血糖値をよくしておくと、膵臓を休ませることになり、インスリン分泌力が回復することがよくあります。例えば、飲み薬が効かなくなってインスリン療法に切り換えたときなど、しばらく経って再び飲み薬による治療に戻すことも珍しく ありません。
    ◆インスリン注射は痛い?
    注射器具はどんどん改善されていて、今のものは全くといってよいほど痛みはありません。
    ◆インスリン療法を始めるには入院が必要?
    外来(通院)で始められるケースも、沢山あります。
    ◆インスリン療法で太るってホント?
    人によっては、インスリン療法を始めて血糖コントロールが改善すると、安心してつい食べ過ぎたり「低血糖予防の為」といいつつ間食をすることがあり、そうすると太ってしまいます。でも、食事療法や運動療法を守り、きちんとした低血糖対策を立てれば大丈夫です。
    ◆食前の血糖値が高くなければ、低血糖の心配もあるのでインスリン療法は向かない?
    2型糖尿病の場合は、食前の血糖値が正常に近くても、食後に高血糖になるケースがあります。そのような場合も合併症(とくに動脈硬化)は起きるので、インスリン療法が必要なことがあります。
  • 第7節 効果を高めるアドバイスと注意点

    2節図3

    ◆治療の中身と自分の現状を、理解しておきましょう

    今、どの種類のインスリンをどのくらい注射しているのか、HbA1cはいくつで目標との差はどのくらいか、管理はうまくいっているのか?よりよい血糖管理のため、この程度のことは、だれから聞かれてもすぐに説明できるくらい、治療について理解しておきたいものです。

    感冒や消化器症状のあるときはあまり食事ができなくても、インスリンはいつもと同量か2分の1は注射しましょう。病気のときはインスリンの作用が弱くなるため、インスリンを注射せずにいると、著しい高血糖になり昏睡に陥ることがあります。また、熱があるときは、脱水を防ぐために、みそ汁やスープ、ジュースなどの液体を必ず補給します。【詳しくは、「病気になった時の対策」をご覧ください】

    ◆間食は禁止!

    自力でインスリンを追加分泌できない2型糖尿病の人にとって、間食は予定外の負担になりコントロールを乱します。食事の量をきちんと守り、決められた食事以外の飲食は控えましょう。

    ◆凍らせた製剤は解氷しても使えません

    未使用のインスリン製剤は冷蔵庫で保管しますが、インスリンは凍らせると変質するため、凍ることのない場所にします。使用中のインスリン製剤は、直射日光が当たったり、暖房機具のそばなどのとくに暑い場所でなければ、室内に置いて問題ありません。使用中のペン型やキット製剤を冷蔵庫に入れると結露して作動しなくなることがあります。