お寺めぐりの友

PC版

瑞雲山()龍福寺(りゅうふくじ)[龍福禅寺]曹洞宗

歴史

境内の案内板の内容を下に記す。

重要文化財龍福寺本堂昭和29年9月17日指定

龍福寺は、もとは白石(山口市白石)の地にありましたが、天文20年1551に兵火にかかり、そのままになっていたものを、弘治3年1557毛利隆元が大内義弘の菩提を弔うためにこの地に再興しました。

明治14年1881、龍福寺は火災に遭い、ほとんどの建物が焼失しました。 そのため、吉敷郡大内村(よしきぐんおおうちそん)(現在の山口市大内御堀(みほり))の大内家の氏寺であった天台宗の興隆寺から釈迦堂を移築し、曹洞宗の龍福寺本堂へ改造しました。

この本堂は、文明11年1479に建立されたと言われており、内部の大虹梁(だいこうりょう)板蟇股(いたかえるまた)、組物などは室町時代の建築の特徴をよく表しています。

移築後、約100年が経ち、大規模な修理が必要になったことから、平成17年から平成23年にかけて保存修理工事が行われ、建立当初の室町時代の姿に戻されました。

本堂は桁行5間、梁間5間の入母屋造で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)、正面には蔀戸(しとみど)があります。なかでも内・外陣を隔てる板扉と格子戸の組み合わせによるしつらえは大変めずらしいものです。

別の案内板によれば、境内は中世大内氏の居館の跡地で、大内氏はここで200年間余り政務を執ったという。 天文18年1549、毛利元就は元春・隆景のニ子を連れてこの大内館に参上し、大いに歓待されたという。

境内には大内義隆の複製の供養塔があるが、本物は山門大寧寺にあるという。

ひとくちメモ

周辺は建物が立てこんでいるが、この境内に入ると静寂さが漂っている。 本堂は修復工事が終わって間もないせいか新しすぎて、正面もガラス張りの為少し物足りなさを感じる。 地図で見ると境内東側に「大内氏の居館跡」があるようであるが、作者は見逃してしまった。

関連寺院


周辺のスポット(4km以内)


Top