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() 逢坂観音堂(あいさかかんのんどう) [逢坂乳観音・千林尼の墓] [未] 不詳

歴史9 phrases

現地案内板の内容を下に記す。

山口県指定有形文化財木造十一面観世音菩薩(逢坂乳観音)

(中略)行基菩薩の作と伝えられ、頭上に化仏10面をいただき、右手には施無畏印の構え、左手に宝瓶を持つ通型の十一面観音の立像である。 像高105.7cmヒノキ材の1本造りで内ぐりがなく、藤原様式(平安時代後期)の地方造りと考えられる。

逢坂観音堂の本尊として知られるが、これは古くこの地にあった善福寺の秘仏であったという。

二条院讃岐の和歌にまつわる伝説にちなみ古来、乳観音として近郷の人々から厚く信仰されてきた。

一度、瑞松庵に移転されたが、地元逢坂集落の人々の熱心な請願によって、この地に再度安置された。 観音堂は千林尼が堂主であったことでも有名である。

宇部市教育委員会
山口県教育委員会

堂の脇の道は山陽道である。

千林尼は西岐波大沢の生まれで、20歳前後で仏門に入り、天保11年1840頃常盤湖のほとりに庵を構え、安政4年1857には船木逢坂の瑞松庵末寺観音堂の堂主となり、明治2年1869年60歳で亡くなったという。

彼女は自ら托鉢して浄財を集め、慶応年間1866年前後に、難所を選んで石を敷き詰め、棚井山田石畳道を完成させた。Links②に詳しい写真が掲示されている。 (Links④より)

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