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本慶山天龍院()西圓寺(さいえんじ)[西円寺]★☆☆浄土宗

歴史

案内板の内容を下に記す。

西圓寺本堂・山門二棟(山口県指定有形文化財)

西圓寺はもと真言宗の寺院であったが、元禄年間(1688-1604)向岸寺讃誉上人を開山として浄土宗として再発足したと伝えられる。 その後、法岸、法州、法道上人の三師によって江戸中期には、浄土宗布教の根本道場として栄えた。

本堂は伝存の棟札によると文政8年(1825)の建築であり、入母屋造り本瓦正面9間、側面8間の方丈形で、 材質に(けやき)を主体とする。 向拝がなく、入口を左右両端にとる特異な形式をもち、向って右側から女性が、左側から男性参詣者が出入りするようになっている。 本堂はもっぱら念仏と御講説の場で、簡素ではあるが、堅実な造りである。

山門はもと萩の大照院にあって、明治4年(1871)の寺禄廃止に伴い、移築されたと伝えられる。

材質に欅を主体とし、3間二重門、正面向拝1間付で格式のある山門である。 全体規模は小さいが、禅宗様の特色と意匠に工夫をこらした優秀な作品である。 建立年代は詳かではないが、寛政年間(1790代)のものと考えられる。

山口県教育委員会・長門市教育委員会

Linksのページによれば、第10世法洲上人が文政5年(1822)に、広島県宮島の光明院にて青蓮華の種子4粒を附属され、持ち帰りその種子を植えたところ萌芽を生じ青蓮華がひらいた。現在、天然記念物に指定され7月~8月に華が開き見頃であるという。 その後、この蓮の種子は福岡県糸島市の正覚寺・北九州市の吉祥寺にも移植された。

ひとくちメモ

本堂の優美なデザイン、山門の凝った造りは一見の価値がある。 大日比(おおひび)の港の景色もなかなかのものである。 寺から海岸沿いに200m程南下した所には大日比ナツミカン源樹が見られる。

大日比ナツミカン源樹

案内板によれば、夏ミカンは長門市の大日比に発祥した柑橘で、橙、夏橙、夏柑などと呼ばれ、 ほのかな芳香をもつ白い花は山口県花にもなっているという。 江戸中期に、同地に西本チョウさんが海岸に流れ着いた果実から種を播いたと伝えられています。(あるいは貰ったという説もあり。) その後、弘化4年(1847)家屋改装の際、切り払った根元から再び芽を出して育成したものが原樹として指定されたという。

その後、文化年間(1804-1817)に萩に移出され藩主毛利敬親の奨励もあって萩に定着したという。

源樹の向いの畑には源樹と同じDNAを持つ木が植えられている。万一源樹が枯れてしまったときのスペアだという。


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