お寺めぐりの友看板

PC版
[更新]

金瀧山()大薀寺(だいおんじ)[大薀禅寺]★☆☆曹洞宗

歴史

境内の案内板の内容をそのまま記す。

大薀寺

益田元祥(もとよし)(益田家20代)の時、弥富より現在地に移建し金瀧山大薀寺に改め、益田家の菩提寺として寺領20石を賜りました。

剣豪多根卯一(たねういち)、育英館初代学頭品川希明(しながわきめい)、同2代学頭波田兼虎(はだかねとら)などの墓があります。 寺内の庭園は雪舟風の造りで有名です。

寺内にある梵鐘、出山釈迦図等は須佐町の指定文化財となっています。

Linksのページによれば、大薀寺の前身は永享年間(1429-1440)に弥富村に創建され、弥高山興禅寺と号した。 天正19年(1591)深川(現 長門市)の大寧寺15代関翁和尚を招き興禅山妙悟寺と改めた。 慶長8年(1603)2世傑叟和尚のとき火災により鐘楼のみを残して焼失し、弥富での再興を志していたところ、 領主益田元祥の意に沿い弥富から須佐に移されたという。 (弥富村とはここより南方8kmほどにあった村のようである。現山口県萩市弥富下。)

ひとくちメモ

仁王門脇には、一体毎に表情が豊かな六地蔵が立っている。 仁王門をくぐると右手に聖天堂と地蔵堂があり、その先にソテツの巨木がある。 本堂は近年修復されたようで、太い柱の木目が美しい。

市指定文化財となっている梵鐘は本堂の軒下に提げられており、目の前で見ることができる。 雪舟風庭園は本堂の裏手にあるようで、ながめる事は出来なかった。

関連寺社


周辺のスポット(4km以内)

周辺の寺社・仏教施設の検索は当ページの上部の「4km範囲寺社」のボタンをご利用下さい。


Top