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熊野山父母報恩院() 常行寺(じょうぎょうじ) [常行三昧寺] 天台宗

歴史

慈覚大師円仁が横川中堂を建立した後、母の病重きを知り、東海道を急ぎ故郷の下野へ向かう途中、品川大井村で母の死去を知らせる使者に出会い、その地にて堂を造り常行三昧を修して母の冥福を祈った。 熊野山父母報恩院常行三昧寺と名付け、村人達にも彼等の両親の菩提を弔うよう説いた。 これが常行寺の開基で、大師が使者に会った嘉祥元年84810月16日を開山の日としている。

長保年中999-1003恵心僧都源心が住職をし、武蔵国、相模国に500ケ寺余りの末寺があったと伝えられる。 その後この地区での戦乱の為、無住でわずかに寺号のみを残す状態となった。 大永7年1527實海僧正中興。

慶長の頃までは相当の寺格であったが、東叡山寛永寺草創の後はその末寺となった。 承応2年1653幕府の命により静尊が、大井より品川のこの地へ移した。 現在の本堂は享保年間1716-1736に再建されたものと伝えられている。

城南小学校の前身。明治7年1874に開校した当時は本堂と大師堂を使用したという。 (天台宗東京教区のページより)

ひとくちメモ

本堂前には2本のソメイヨシノの大株が植えられている。 境内には護摩堂・地蔵堂がみられる。 境内はひっそりとしたたたずまいである。

参道口は東海道脇にあるが、表札・道標など目印になるものが無い。 お見逃し無きよう。城南小学校の北隣りである。

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