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瑞泉山() 祥雲寺(しょううんじ) [祥雲禅寺] ★★ 臨済宗大徳寺派

歴史

元和9年1623黒田長政[1]が没すると、その子、忠之[2]は父の冥福を祈るために、赤坂溜池の邸内に一寺を建立。 龍谷山興雲寺と号し、龍岳和尚[3]を請じて開山とした。 寛永6年1629麻布市兵衛町[4]に移り、号を改めて瑞泉山祥雲寺と称した。寛永8年1631、火災に罹りふたたび渋谷に移転、すなわち現在の場所である。

江戸時代を通じて、当山は大徳寺派の触頭として、寺格を別格地と称し、登城して将軍に単独で謁見することと乗興とを許された寺で、幕府との関係も深く、歴代将軍の立ち寄ることも多かった。境内は6000坪。末寺は現在8ケ寺ある。(ホームページより)

ひとくちメモ

祥雲寺は地下鉄日比谷線広尾駅のそばの交通量の激しい街中にひっそりと伽藍を構えている。

長政の墓所は福岡市博多区の横岳山崇福寺にもある。長政は元和9年16238月4日に京都で亡くなっている。 遺骸・遺髪などが祥雲寺、崇福寺のどちらに埋葬されているのかはわからない。

祥雲寺山門をくぐるとすぐ右手に妙高山東江寺、さらに進むと左手に瑞泉山霊泉院、右手に瑞泉山香林禅院がある。 いずれも臨済宗大徳寺派の寺院である。祥雲寺との関係は手元に資料が無いので作者はわからない。

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