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盛谷山() 清源寺(せいげんじ) [清源禅寺] 曹洞宗

歴史

『美都町史』によれば、 長禄3年1459、紀伊国高野山修善院の弟子永厳法師がこの地の一宇を建立。 毘沙門天を安置して寺号を多聞天王院とする。 その後、5代の住僧が相続したが衰微して宗門が途絶えてしまった。

大永7年1527、益田18世尹兼が当地巡遊。 当山の荒廃を哀れんで桂香庵と改称。道仙という僧侶を置く。 永禄8年15659月3日、再び尹兼が来遊の際尹兼を以って開基とする。 元亀年間1570-1572に山号寺号を改め盛谷山清源寺とする。 天正4年1576、益田19世藤兼より寺領2石6斗寄進される。 この時禅宗曹家の僧香春という長老が行脚の節この地に来て妙義寺門中となり開山殊門和尚の尊像を相祠した。 彼(殊門和尚)を当寺初代とする。

元和元年1615、全焼。後再建。 文化4年1809、再び全焼。 文化13年1816、再建。 13世の時、負債の為7分の寺領を売却。 15世の時、山門庫裡禅堂などを建立。 現在の建物は大正3年1914の建築という。

ひとくちメモ

参道口にはその先益田川となる都茂川が流れている。 そこに架けられた鉄橋を渡り、しばらくすると山道である。 両側が林の薄暗い参道を登って行くと、左手の土手下に閻魔堂と地蔵堂が並んでいる。 さらに進むと視界は開け広い駐車場がある。 そこから少し坂を登ると楼門にたどり着く。 参道口の橋から楼門までは徒歩で約10分足らずか?

楼門のデザインはなかなかのものである。両サイドには、木像が安置されている。 本堂の装飾も凝った造りとなっている。

作者は日頃、参道口にバイクを停めそこからは徒歩で境内に入るように心がけているが、 梅雨時の参拝となり坂道の参道は暗く、苔も生えている。また、両サイドは林である。 ヘビ嫌いな作者は今回はやむを得ずバイクにて駐車場まで駆け上がった。

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