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金亀山() 福王寺(ふくおうじ) 浄土宗

歴史

境内の益田市教育委員会による「福王寺石造十三重塔」と題された案内板によれば、つぎの通りである。

福王寺は益田氏が中須地域を益田本郷領に組み込んだ南北朝時代1336-1392以前から、 湊と一体的な寺院として交易に深く関わっていたと考えられる。 この付近には、寺号に「福」の字が含まれる5つの寺(五福寺[1])があったが、万寿3年1026の大津波で流失。 この福王寺だけが後に再建されたという。 境内の石造十三重塔[2]は安福寺のあった場所(中須浜崎の寺屋敷)から江戸時代に発見されたものという。

Linksのページの最後の中田 高の記事によれば、福王寺のある場所の沖の日本海には鴨島という小島があり、そこが柿本人麻呂終焉の地とする伝説があるという。 この鴨島も五福寺と同じ時に津波によって流失したという。 万寿3年大津波と人麻呂の終焉の地に関する考察も詳しく記載されている。

ひとくちメモ

境内には、十三重の塔はじめ多数の石仏・石塔がみられる。 十三重の塔は保存状態は良好である。 本堂の扁額は、行書体で書かれており作者は読み取れない。

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