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太寧山(たいねいざん) 瑞光寺(ずいこうじ) [瑞光禅寺] ★★★ 臨済宗南禅寺派

歴史7 phrases

門前の案内板の内容を下に記す。

長崎街道嬉野宿本陣跡

本山は禅宗臨済南禅寺派に属し応安2年1369 時の領主嬉野氏、本寺を創建、相州鎌倉巨福山建長寺住職、石室善玖禅師によって開山、領内に17の末庵を建立したが現在は東林庵(湯野田)、慈眼庵(上不動)の2庵が残るのみである。

長崎街道嬉野宿には藩営の上使屋があったが手狭で破損もひどかったので、嬉野家没後は蓮池藩の保護を受け、 明和2年1765から文久2年1862の98年間は長崎街道を往来する奉行の嬉野宿本陣として使用された。 今も地蔵堂には当時を物語る藩の紋章が入った瓦が残っている。

境内は4段に整備され、楼門を入れば老樹うっそうたる中、千古の歴史を秘めた寺堂に往時の隆盛が偲ばれる。

本尊は木造の薬師如来で雲慶の作と伝えられている。

創建当時、寺は現在の地より100m足らず南側の宿場内にあった(現在のホテル桜の敷地内。この地区は「草場」と言われていた)。 その後、寺の堂塔が整備されるにつれ境内の狭さが痛感され、長禄年中1457-1460に3代住職天与和尚と嬉野氏2代通正との話し合いにより現在の地に移転されたという。(瑞光寺跡の案内板より。下写真参照。)

ひとくちメモ4 phrases

正に案内板に記されている通り「楼門を入れば老樹うっそうたる中、千古の歴史を秘めた寺堂に往時の隆盛が偲ばれる」名刹である。 ご参拝あれ。

特に作者のお気に入りは、地蔵堂に向って左手の平坦部である。 木々の下に小規模の観音堂・露座の観音像が多数あり。

総門-山門-地蔵堂-本堂への石段は鍵形に設置されている。本陣防御を意識したものかもしれない。

伊藤氏メモまさに(3つ)の古刹・名刹である。と、云うに相応しい寺院である。()

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