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清涼山() 光桂寺(こうけいじ) [光桂禅寺] [未] 臨済宗妙心寺派

歴史5 phrases

伊藤氏メモ以下は、当寺案内板などによる。

当寺は、佐賀蓮池藩初代藩主鍋島直澄の五女である昭圭禅尼(阿満の方)が、直澄及び自分の夫君である松平好房の菩提を弔うために、開基となって建立した寺院である。直澄の山荘があった由緒地である。

昭圭禅尼は承応3年(1654)に佐賀城に生まれ、寛文9年1669に14歳で島原城主松平忠房の若君である好房に嫁したが、16歳のとき好房が没したため、剃髪し京都妙心寺に入り、月山昭圭禅尼と称した。当寺は宝永5年1708建立。清涼山の山号は夫君の院号にちなむものである。なお、昭圭禅尼については、本HPの拈華庵(佐賀県杵島郡江北町)のページもご参照ください。

鐘楼には、大釣鐘があり、高さ1m・直径75cm・重さ500kgで慶応3年1867の作。この釣鐘は太平洋戦争のとき金物供出の勧告を受けたが、当時の住職祖伝尼が大臣と県知事に仏法を説き、初志を貫き遂に供出しなかったという。この釣鐘は[平和の鐘]として有名である。()

佐賀県の歴史散歩』によれば、 山門両脇にある石造仁王像は、像高2.3m。砥川出身の石工、平川与四右衛門(ひらかわよしえもん)陣内善次良(じんないぜんじろう)の合作という。

ひとくちメモ2 phrases

伊藤氏メモ見どころ満載の寺院である。まず山門前に仁王像。境内域に入り本堂までは距離はないが、参道右側には、鐘楼(平和の鐘)・ふれあい六地蔵・大黒天・延命地蔵菩薩堂・大正14年1925本堂修復記念碑・弁財天の堂・常夜灯・しだれ桜と並ぶ。参道左側には、愚痴聞地蔵(ぐちききじぞう)・聖観世音菩薩・不動明王・弘法大師・大乗妙典一字一石塔・猿田彦大神・常夜灯とぎっしりであり、案内表示も充実している。

児童養護施設済昭園を隣接併設。門前には和泉式部公園への入口道がある。()

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