お寺めぐりの友

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教王山() 常在寺(じょうざいじ) 真言宗御室派

歴史2 phrases

伊藤氏メモ和銅元年708行基の開基と伝えられる古刹で、当初は三輪宗であったが、長和元年1012に真言宗に改宗した。のち後鳥羽院の勅願寺となっている。

この寺の大黒天像空海が唐から持ち帰ったもので、後鳥羽院から下賜されたものと伝えられ、秘仏となっている。 境内には鎮守社があり、神仏習合の名残を留めている。参道脇には、高さ2.4mの巨大な仁王石像一対が安置されている。 文政8年1825に造られたもので、容貌いかめしく迫力に富む石造物で、塩田石工(筒井幸右衛門(つついこうえもん)ら5人)の真価をいかんなく発揮している作品である。

(『佐賀県の歴史散歩 (新全国歴史散歩シリーズ)』より)()

ひとくちメモ7 phrases

寺は小高い丘の中腹にある。 参道口は作者の知る限り東西に2つある。いずれもかなり急な石段である。 塩田石工の手による仁王像は西側の石段途中にある。 (手摺が設置されている。石段の石がかなり荒いので参拝者の安全の為の配慮ではなかろうか?)

東側の石段より参拝。 石段途中には「鳥羽天皇勅願寺旧跡」石碑・石仏群などが見られる。 石段を登り切ると本堂域である。本堂域からの眺めはなかなかのものである。 右手に塩田大明神を見て先に進むと本堂。 玄関の両脇には、かなりの古仏(おそらく仁王像)と思われるものが安置されている。 本堂の先が庫裏である。 庫裏の前から西側の石段を下る。(やはり石がゴロゴロして少し危険を感じる。) 石段の中段にお目当ての仁王様が立っておられる。 約190年前の建立とは思えないほど保存状態は良好である。

他に本堂域には、慈母観音像・龍華之塔・多数の石仏群などなどが見られる。 石段の登り降りは少し汗をかくが、見どころの多いお寺である。

伊藤氏メモ東側の参道入口の左手の建物は第一分団所である。 第一分団所前の案内板には、次のように記載されている。

昭和15年1940に警防團屯所として建築された。1階の土間は消防車の格納庫、2階は畳敷きの和室で地元消防団の詰所として現在も活用されている。

大正から戦後にかけ石炭類の貿易会社を経営した実業家・藤田禮造の寄贈によるもので、建物右側にはその功績を称えた記念碑が立つ。藤田は、中国で辛亥革命1911-1912を指揮した孫文を支援した日本人の一人であったことが近年明らかになっている。

塩田津の入口に草葺き町屋の旧向井家と洋風建築の第一分団所が並んで建つ景観は趣がある。()