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杉岡山(さんこうざん) 永源寺(ようげんじ) [永源禅寺] 曹洞宗

歴史

伊藤氏メモ当寺は、400数十年ほど前に、圓應寺(武雄市武雄町)の和尚たちが、戦乱で亡くなった人たちを供養するために[1]現在地に建立したもの。現第20世。()

備忘録:『北方町史』 中巻に詳述記載されているかも知れない。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ石柱門の立つ北側の34号線側から杉岡神社境内地を通って当寺へ入れるが、正面山門口は南側の50段ほどのセメント階段を上って入寺する側である。

現本堂は約100年前の大正5年1916の建立。本堂内陣の前に置かれている木魚と磬子(けいす)(お堂の中に置いて使う鐘)の大きさには驚かされる。本堂内壁には11枚の地震絵図の掛軸が提げられている。本堂の前には、等身大の白い聖観世音菩薩像が立っている。境内地が繋がる西隣の杉岡神社とは、廃仏毀釈までは神仏習合としてあったという。()

境内は高台にある。境内から眺める南側の北方町の眺めはなかなかのものである。 南側の参道口の前には掛橋公民分館があり、そこには観音堂がある。

当寺の寺域の規模は当地区最大級ではなかろうか?本堂の裏手(北側)には広大な墓地がある。さらに、国道34号線の北側も当寺の管理なのかもしれない。

杉岡神社

当社の参道口も永源寺の参道口と横並びである。


掛橋公民分館

掛橋公民分館は横並びの杉岡神社の参道口と永源寺の参道口の前にある。 公民館の脇には観音堂がある。


脚注

関連寺院

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